幕間-3
手術を目の前にして、僕の心は揺らいでいた。
取り着ける手術は、早ければ2日後。見た目は完成しているが、明日までに機能の確認など細かな調整をするらしい。
己の魔力を糧に、骨と神経、肉を繋げる。義手の内部には、それらを繋げる組織が入っている。義手というよりもう、切り離された生身の腕をくっつけて再生させるようなものだ。
説明書を擦り切れるほど読み返したが、義手を自分の腕と変わらない扱いをする、なんて想像がやはりできないでいた。両腕が義手のウィージャは、それを着けているとわからないくらいに使いこなしている。手先は器用だし、脈も測れるし、熱までもわかる。あのヒトも、相当魔力は高いのだろうな……。
取り着けた後、己の腕として使えるようになるまでが地獄だ、とウィージャは言っていた。気絶レベルの痛みが続く。それでショック死、なんてこともあり得るとか。
これまで何度も瀕死の怪我を負ってきたが、今日まで生き延びてきた。だから、今回も乗り越えられるはずだと思う反面、これに限っては耐えられないかもしれないと弱気にもなっている。
ヘイレンはどうやら父と合流できたようで、あれから戻ってきていない。彼の癒しの力で痛みを忘れさせてもらいたい、やっぱりそばにいて欲しかったな、と少し後悔していた。どうにかなるよ、と強がって彼を見送った自分は、どこへ行ってしまったのか。
はぁ、とため息をついた時、部屋の扉が開いた。ルーシェが荷物を持って入ってきたが、その表情はどこか不安気だった。
「……ウィージャと一緒にシェキル様が戻ってきたわ。ヘイレンはレントとフレイと一緒にポルテニエに向かったそうよ」
ああこれはもう、当面帰ってこないな。フィリアの魔石を託しておいてよかった。僕の魔力に変化がないから、まだ一度も召喚されていないみたいだけど、レントたちと一緒ならまあ大丈夫だろう。
ルーシェは、父が戻ってきた原因を続けて話してくれた。ティアの霧魔法で、ぼんやりとしか見えなくなってしまったそう。しかも、魔法石での治療が効かなかったので、おそらく封印効果も追加されてしまっていると、ウィージャは診断したそうだ。
「で、ティアは行方不明。彼女を喰らった魚は討伐したけど出てこず。ただ、死んでいないと確信しているのは、シェキル様の封印が解かれていないから、ですって」
なんとも複雑である。だからそんな表情を浮かべていたんだろうな。
「……そういうわけで、ヘイレンは戻ってこなさそうだけど、予定通り手術してもいいかしら?心強いヒトがそばにいないのは不安かと思って……」
ルーシェは僕のことをずっと考えてくれていた。先延ばしにすると、いつまでたっても片腕のままで不便だし、肩の痛みも頭痛も発熱も続いてしまう。それこそ地獄だ。僕は黙って頷いた。
「……わかったわ。じゃあ予定通り2日後に。早く融合できるように、あなたの魔力を先に義手に注ぎ込んでおきたいの。だからこれで取らせてくれる?」
と出してきたのは、ルーシェの手から肘くらいまである特大サイズの注射器だった。針部分には管が付いていた。ヒトに刺す針らしきものが見当たらないのが怖い。この大きな注射器が満杯になるまでどのくらいかかるのだろうか……。
魔力を抜こうとすると、身体はそれを阻止しようと抵抗してしまうのはごく自然なこと。しかし抵抗すると時間がかかって負担も大きくなってしまう。なので……。
「諦めて、差し出すくらいの気持ちで力を抜いといてくれる?」
と言われた。……そんなこと言われてもなぁ。
「その前に少し診るわね。熱は……大丈夫かな。脈も正常ね。じゃあちょっと失礼して……」
ルーシェは僕が着ていた服を少しはだけさせ、心の臓付近に手を当てた。すらりと美しい手が触れるとドキドキする。このあたりかな、と呟くと、管の先を垂直に当てた。……かなり怖い。
「はーい、力抜いてー」
いつもは厳しくて怖気付いてしまうのだが、この時のルーシェはどこか違った。片手で管を持ち、もう片方で左腕を摩られる。魔法を出しているのかじんわり暖かく、心地良いなぁ……と思った瞬間、心の臓に激痛が走った。
「いぃっ!」
声が出た。反射的にルーシェの腕を強く掴んだ。鼓動が速くなる。呼吸を忘れ、力なんか抜いていられなくなる。
「ちょっと、息しなさいよ。大丈夫よ、心の臓を破ったわけじゃないんだから。ちょっとぶつけただけよ」
何をぶつけたの!?とも言えず、とりあえず息は吐いた。短い呼吸を繰り返して痛みに耐える。汗がどっと噴き出る。だんだんと左腕が痺れてきて、感覚を失うと、急激に睡魔に襲われた。
「……手術前から地獄だったわ。言わなくてごめんなさいね、シェラ」
ルーシェは力尽きた召喚士の腕を優しく撫で続けた。大きな注射器に、空色の光が溜まっていく。氷属性の魔力を可視化するとこんな色なのね、と少し見惚れながら、早く溜まれと注射器に急かすのであった。




