第61話 意地と矜持と
「ゲルド殿! 左を頼む! 私は一気に取り返す!」
「おうよ! 任せろ!」
ゲルドの豪快な声が響き渡り、彼とリンを先頭に、俺たちは再び鶴翼の底に立ちはだかるブルホーンの群れに立ち向かう。
切り裂き、押し返し、一体、また一体と撃破していく。
その間、銀証冒険者たちがミミズたちへと殺到。
未だ感電し痙攣している巨体に刃を振るい、とどめを刺していく。
戦況が、ほんのわずかにこちらに傾きはじめたかに見えた。
しかし、鶴翼は限界を迎えていた。
両翼の隊列は、完全に押し込まれ、もはや鶴翼の陣形など形骸に過ぎない。
もはや陣として機能しているのかすら怪しい。
それを悟った一人の銀証魔法師が叫ぶ。
「フェイル! 俺はここで脱落する! マッドベアまで温存するつもりだったが、ここで使わなきゃ、取り返しがつかなくなる!」
外傷こそないものの、疲れ切った顔をした男が天高く杖を掲げる。
「【石乱杭】ッ!!」
杖の先に浮かび上がった灰色の魔法陣が、次々と重なっていく――
一つ、また一つと魔法陣を重ね……浮かんだのは四重の魔法陣!
魔法陣が完成すると、男は全力で杖を地面に突き立てた。
瞬間――!
地鳴りと共に、地面が爆ぜる!
大地が破裂するかのように無数の石杭が地中から飛び出し、左翼付近のブルホーンを一気に貫く。
魔物を倒し終えた鶴翼の左翼の者たちは、ずでに限界を迎えていた。
剣を杖のように地に突き立て、荒く息を吐く冒険者。
膝をつきながらも周囲を警戒する魔法師。
だが、誰一人として倒れていない。
死体は……ない。この状況で、全員が生存。まさに、奇跡。
右翼を見れば、こちらはまだ激戦。
その中心には、カタリナとミザリーの姿があった。
「ミザリー、空は任せた! 私は地上を止める!」
叫ぶカタリナが、【石壁】を連続して張り巡らせ、ブルホーンの進行を強引に押し留める。
隣で、ミザリーの手の先に魔法陣が完成。
「【風刃】!」
風の刃が空を裂き、スカルレイブンを次々に切り裂く。
それでも空からの攻撃はきついようで、冒険者がなかなか手を出せない分、手こずっていた。
脅威は空からだけでなく、地上からもだ。
さすがに一人で何体ものブルホールの突進を止められるわけがない。
ここまで持っていたのが、僥倖。
援護に入った銀証冒険者たちも、負傷のせいか剣筋が鈍く、うまく捌ききれない。
刃が弾かれ、体勢を崩す者もいた。
――このままじゃ、持たない。
気づけば俺の足は動いていた。
右手を高く掲げ、叫ぶ。
「**【火爆】**ッ!」
空高く放った火の塊が、黒く群れるスカルレイブンの中心で炸裂。
空中で炸裂した魔力が火花を撒き散らし、爆風と熱波がスカルレイブンを焼き尽くす。
爆心地にいた個体は文字通り木っ端微塵。
周辺の奴らも羽を焼かれ、音と熱で混乱しながら次々と墜ちていく。
残ったのは、わずか数体。
ミザリーがそれらを一撃で落としていく。
空の脅威は去った……後はブルホーンだけ!
「**【火撃】**!」
「**【火弾】**!」
ブルホーンは一撃では倒れないが、立ち止まった隙に身体を焦がされ、やがて崩れるように倒れた。
さらに、鶴翼の底を殲滅していたリンとゲルド、そしてフリードまでもが合流。
右翼に残る魔物たちを倒し切り、何とか第二波の払いのけることに成功。
しかし、その代償はあまりに大きかった。
両翼に配されていた魔法師は、カタリナとミザリーを除いて全員が魔力切れ。
立っているのがやっとの状態だ。
冒険者たちもまた、全身に傷を負っていた。
皮鎧が裂け、血に染まりながら、それでも生きていた。
彼らは耐え抜いたのだ。
そんな中、カタリナとミザリーが俺たちに駆け寄り、笑顔を見せる。
「ありがとう! レオ。本当に……」
「リンも。あのままだったらきっと……助かったよ」
その言葉を受けて、俺は小さく頷いた。
そして、彼女たちはそっと視線を横へと向ける。
「……フリードも……ありがとう……」
「ゲルド……うれしかった……」
二人の声は小さく、震えていた。
それでも彼女たちは、最後まで言葉を紡いだ。きちんと、礼を言ったのだ。
「……無事で、よかった」
フリードは照れ臭そうに鼻を鳴らす。
ゲルドもぼそりと呟いた。
「……まぁ……な」
それ以上の説明はいらなかった。
二人は黙って踵を返し、再び鶴翼の底へと歩き出す。
俺たちも、それに続こうとしたその時――
見れば、南の地平から、最後の波が迫っていた。
マッドベアにワイバーン!
数はそれほど多くはない。見える限りでマッドベアが十体に、ワイバーンが一体。
数こそ少ない。
だが、問題はこちらの戦力だ。
今、前に立てる者はほとんどいない。
半数以上が魔力切れ、あるいは重傷。立っているのが不思議な者すらいる。
そんな中、どこからともなく撤退命令の声が響く。
「撤退だ!」
「負傷者には手を貸してやれ!」
「後方へ下がれ、すぐに支援を!」
当然の判断だった。
ここで踏み止まるなど、もはや無謀を通り越して愚行。
しかし、それを真っ向から否定する怒声が戦場に響き渡った。
「貴様ら! 撤退は許さんぞッ! 死んでもここを通すな!!」
その声の主は、最前線に一度も立っていない――銀証冒険者十段、ザンク。
彼はフェイルのすぐ近くに立っていた。疲れなど影も見えない。
一方、撤退を選ぼうとする者たちは、血と汗に塗れて、何度も死線を越えてきた者たち。
そのザンクに真っ先に食ってかかる者が一人――ゲルドだった。
「ふざけんなオッサンッ! 俺たちは、主君に忠義を尽くす騎士じゃねぇ! ただの冒険者だ!」
「かすり傷で撤退など許さん! この程度で命を惜しむなど、誇りを捨てたも同じだ!」
「っ――!? おいッ! これがかすり傷程度だと!? 体中ズタズタにされながら、それでも……俺たちは戦ったんだぞ……っ!」
重傷者をかすり傷と吐き捨てたザンクに対し、怒ったのはゲルドだけではなかった。周囲の銀証冒険者たちも次第に怒気を滲ませ、場の空気が張りつめていく。
しかし、この二人には指揮権はない。
あるのは、今にも倒れそうなほど顔色の悪いフェイルだけ。
自然と、全員の視線が彼へと集まる。
「……撤退は、しない」
フェイルの口からこぼれた声は、かすれて小さく、今までで一番弱々しかった。
「なっ……!? 正気かよ!?」
ゲルドが目を見開いて詰め寄る。
だが、フェイルはそれを受け止めるように、周囲に向かって静かに言葉を紡いだ。
「焦るな。俺とザンクは撤退しない。だが他の者たちは任せる……いや、重傷者は撤退だ。ただ、ここに残ってさえいれば、勝ち馬に乗れる可能性は十分にある。ここを踏ん張れば、名を上げるチャンスだぞ」
その言葉が、冒険者たちの心に火を点けた。
冒険者という生き物は、名声と金に敏感だ。
強さよりもランクでクエスト内容や報酬額が変わることもしばしば。
実力で上回っていても、格上の者と同じ報酬を得られるわけじゃない。
たとえば、誰の目にもリンの方がゲルドより強い。
それでも、ゲルドの方が高い報酬を得ているのは事実だ。
だから、残る価値があり、冒険者たちは命を対価に再び立ち上がる。
次々と俺たちの後方へと歩を進めてきた。
その様子を見て、ザンクは自分の主張が正しかったと確信したように、口角を吊り上げ、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
……だが、それは次の瞬間に砕かれる。
「ザンク。お前が先頭に立て。リンとゲルドはバックアップに回れ。フリード、レオ、カタリナ、ミザリー……魔力が残ってるのはお前たち四人だけだ。前衛の支援を頼む。残っている奴は近くに来た魔物を蹴散らせ」
「お、おい……俺は最後まで……」
「いや、ここまで温存できただけでも御の字。あとはザンク、お前に任せた。ここでお前が残った魔物を倒せば、俺たちは間違いなく金証になれる。踏ん張りどころだ」
フェイルの声は穏やかで、しかし逃げ場のないほどに強引――否応なしに背中を押され、ザンクは前へと歩を進めるしかなかった。
そのゲルドの背中を見ながら、リンに問う。
「リン、大丈夫か? 疲れてはいないか?」
多少の疲れは見えるが、まだ動けそうだ。
とはいえ、万が一ってこともある。撤退を選ぶ可能性だってある。
が、リンの答えはあまりにも予想通りだった。
「うむ。問題ない……」
リンはまっすぐ俺を見据え、逆に問い返してくる。
「レオはどうだ?」
「俺? 体力だけは自信あるからな」
くすっと笑うリンの顔に、ほんの少しだけ安心が浮かんだ。
「では、魔力の方は?」
「第三位階魔法を一発撃てる程度は残ってる。【ストック】もいくつかあるし、やるなら短期決戦だな。あと一本だけ魔力回復薬がある。すぐ飲んで備えるつもりだ」
サグマからの餞別――ここで使わないで、いつ使う。
【風纏衣】に【ストック】したとこで、魔力回復薬を口にする。
初めて飲んだけど、この魔力回復薬……めっちゃ体に魔力が染みわたる。
その様子を見ていたカタリナが近づいてくる。
「それ、どこで手に入れたの?」
「これ? もらい物だよ」
「……誰から?」
どこか探りを入れるような目。
正確にはサグマの裏稼業だが、王族には許可をもらっていると言ってはいたからな。答えても問題ないだろう。
「サグマ様です。ムスク伯爵家の……」
出てきた名前に驚いたのか、一瞬目を大きく見開いたが、どこか腑に落ちたような表情を見せるカタリナ。
「ムスク伯爵家って――ムスク商会!? ……そう、ならよかった……魔力回復薬って、粗悪品も多いの。今みたいに信用できる筋から手に入れたもの以外、あんまり飲まない方がいいわよ」
出回るってことは、魔道具屋にも並んでる可能性があるってことか?
体は資本だからな。変なものに手を出さないように気を付けよう。
南へ目を戻す。
すでにマッドベアの群れが、数百メートル先まで迫っていた。
押し出されるような形で、ザンクが最前列に立つ。
その背後に、俺たちも肩を並べる。
――あれだけ偉そうだったのに。
今のザンクの背中は、どこか小さく見えた。




