第39話 冒険者ギルド
冒険者ギルド――
そこには、数十人の冒険者と、十もの受付カウンターが整然と並んでいる。
見上げれば、建物は五階まで吹き抜け構造。中空にそびえるのは、まるで城のようなサーキュラー階段。
その階段が、それぞれの階層を螺旋のごとく繋いでいた。
思わず見惚れそうになるが、目的を思い出して足を進める。
俺たちは受付カウンターの一つに向かい、クエストについて訊ねることにした。
とはいえ、今は迷宮に挑むつもりはない。
第二位階魔法【毒矢】を習得中だからだ。同時に複数の魔法を覚えようとすれば、かえって効率が落ちる。
それに【治癒】の魔法書作成もあるしな。
あと一週間――それまでは、別の仕事で稼ぐ必要がある。
「すみません。どんなクエストが受けられるか教えてもらえますか?」
声をかけると、対応してくれた受付嬢が俺の胸元の徽章に視線を落とし、微笑みながら訊ね返してきた。
「もしかして、バックスは初めてですか?」
受付嬢は胸元の徽章を見ながら答える。
「はい。今日、バックスに着いたばかりでして」
「なるほど。ではまず、冒険者カードを見せていただけますか?」
頷いて銅製のカードを差し出す。
彼女はそれを確認し、水晶に掲げると、ふと眉を上げた。
なるほど……冒険者カードは小さいが、水晶に掲げることによって文字が浮かび上がるのか。
「魔力『51』で、こんなにも魔法を……あれ? 属性診断はまだされていないのですか?」
「ええ。魔法師登録はしたんですが、その時ちょうど属性診断紙が切れていたようで」
「それなら、今この場で確認できますよ」
すると、受付嬢はカウンターの引き出しから一枚の紙を取り出した。
その紙には真円が描かれており、その中には五芒星すっぽりと収まっている。
「この紙に魔力を通してみてください」
言われるまま、紙にゆっくりと魔力を注ぎ込む。
すると――
紙全体が、円からはみ出すほどの勢いで、まるで虹のような光を放ち始めた。
「っ……!」
受付嬢の目が、驚きに見開かれる。
「な、なんですか、これ……?」
なかなか言葉を返さない彼女に問いかけると、ようやく我に返ったように口を開いた。
「え、ええ……説明します。この五芒星は、上から時計回りに『火』『水』『風』『土』『雷』の五属性を示しています。レオ様の魔力は、そのすべてに、均等に共鳴しています」
受付嬢の声が、震えるように漏れた。
「五芒星どころか円がすべてが埋まり、さらには円の外にまで溢れ出さんばかりの適性……しかも放つ色は虹のように輝いています……全属性適性……しかも、通常では到底考えられないほどの強度で、です」
なんとなく予想はしていた。
すべての魔法……いや、一つ以外の魔法を唱えられるからな。
「リンも試しにやってみてもらえないか?」
隣にいたリンへ視線を向けて声をかけると、彼女は露骨に眉をひそめた。
「レオ……いつからそんな意地悪を言うようになった? 私がやっても、紙は沈黙するだけだと分かっているだろう」
きっと、リンも何度か魔法を試したのかもしれない。
でも、俺の予感が正しければ……
「頼む、これはリンのためでもあるんだ」
しぶしぶと診断紙を受け取り、リンが魔力を通す。
基礎位階の魔法は使える彼女なら、診断に必要な魔力量は問題ないはず。
そして、紙に変化が現れる。
五芒星の中央――そこに、小さな円がぽつりと浮かび上がった。
「……レオ。私に恥をかかせて、どうするつもりだ?」
少しだけ傷ついたような声。でも俺は、紙を指差す。
「リン、よく見てみろ」
その瞬間、先に気づいたのは受付嬢だった。
「……っ、魔力の色が……ピンク?」
そう、紙の中央には小さな、しかしはっきりとしたピンク色の円が現れていた。
それは、俺の診断紙には現れなかった色だ。
「……レオ、これは……どういうことだ?」
リンが首をかしげる。
ただ、その表情は少し明るい。
「多分な――リンの頭の中が、ピンク色なんだと思う」
茶化すように言ったつもりだった。が……
「なるほど……レオが言うのなら、きっとそうなのだろう」
真顔で頷くリン。
……まさか、頭がピンクの意味を知らないとは思わなかった。
ただ、ここで特位階魔法【誘惑】のことを語るつもりはない。
冗談はさておき、俺は視線を受付嬢に戻した。
「魔力診断、ありがとうございました。僕たち、迷宮じゃなくて……通常クエストを受けたいんです」
「承知しました。それでは、こちらへどうぞ」
彼女はすっと立ち上がると、カウンターから回り込み、俺たちの横を通り抜けていく。
軽やかな足取りで向かった先は、壁一面に羊皮紙がずらりと貼られた掲示板だった。
「こちらが、通常クエストの依頼掲示板になります。気になる依頼書があれば、それを取って受付までお持ちください。ただし……」
受付嬢はちらりとこちらを振り返る。
「冒険者ランクによって、受けられるクエストが制限されています。銅証初段までは、選べる案件は……正直、限られています」
まあ、そうだろう。
駆け出しの冒険者が身の丈に合わない依頼を請け負って事故でも起きたら、依頼者もギルドもたまったもんじゃない。
掲示板を眺めてみると、俺たちが受けられるのは――掃除、荷運び、草木の採集といった地味なものばかり。
肩をすくめたところで、受付嬢からさらに一言。
「先ほど迷宮には潜らないと仰ってましたが……バックスの場合、銅証初段未満では、そもそも単独での迷宮探索は許可されていないんです。もし潜るなら、銅証初段以上のパーティ募集に参加していただく必要があります」
――なんだと!?
言われてみれば、確かに迷宮は命懸けの場所だ。
いきなり素人が飛び込んでいって無事に帰ってこられるはずがないから……か。
だったら、【毒矢】を習得中に、少しでも冒険者ランクを上げておく必要があるようだ。
それに、街のことをもっと知る必要がある。
掲示板に視線を向けると、一枚の羊皮紙を手に取る。
+-+-+-+-+-+
【依頼名】
・荷物運搬補助と店番
【依頼ランク】
・誰でも(非戦闘系)
【依頼内容】
・迷宮都市バックスの「ネール武具店」より、街中にある倉庫から店舗への商品の運搬をお願いします。荷物は武具。かなり重いし、持ちにくいです。一日十回以上往復します。
・同時に店番も募集。かわいい服も揃えてます
【目的】
・荷物を丁寧に扱い、指示通りに配送
・店主や通行人への基本的な応対を守ること
【場所】
・迷宮都市バックス(東門 → 中心街)
【報酬】
・銀貨一枚
・ネール武具店からの評価が高ければ、次回以降の推薦状あり
・依頼人の評価により冒険者ランク昇級の可能性あり
【依頼主】
・ネール武具店 店主 ネル(三十代、気さくで働き者の女性)
【期限】
・即日(午前九時から夕方まで)
+-+-+-+-+-+
「じゃあ、この荷下ろしと荷運び、店番のクエストを受けたいのですが」
俺が荷下ろしと、荷運びをやって、リンに店番をやってもらえばいい。
「分かりました。では、明日の九時に指定の場所まで行ってください。ちなみにですが、もう宿はお決めになりましたか?」
「いえ、これから探すところです」
「そうでしたか。であれば、なるべくセキュリティの高い宿を選んでください。この街の治安は……外から来た皆さんが口をそろえて想像以上に悪いと仰るので」
確かに。スリを見たのは、ここが初めてだ。
寝込みを襲われるなんてことも、冗談では済まされないかもしれない。
「街の中心に近づくほど警備も行き届いていますが、外れの方は……正直、お勧めできません。また北西は貴族街となっており、貴族街に近い方も安全かと。多少高くはつきますが、そちら方面で探すといいかと思います」
「助かります。忠告、感謝します。それじゃ、行こうか」
リンと二人、冒険者ギルドを後にした。




