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第37話 旅立ち

 迷宮を攻略した翌朝――


 宿では、女将が腕によりをかけた豪華な朝食を用意してくれた。

 香ばしく焼かれたパンに、香草を混ぜ込んだスクランブルエッグ。滋味豊かなスープに新鮮な果物までつく、まさに英気を養う一膳。


 「あんたたちが盗賊団を潰して、迷宮も攻略したんだろ!? もう街中は大盛り上がりさ!」


 明るく笑う女将の顔には、街の人々の喜びを代弁しているかのようだった。

 感謝の意を述べ、リンスと二人――終始笑顔でご馳走をいただく。


 朝食を終え、俺たちはグレスト男爵邸へ向かう。

 昨日は疲労困憊のなか、ベンダとゴンツを引き渡しただけだったが、男爵から「詳細を聞きたい」と言われていたのだ。


 男爵の執務室で、俺とリンは並んで椅子に腰かけ、事の顛末を順に語っていった。


「なるほど……そんなことが……」


 グレスト男爵は深く眉を寄せ、顎に手を添えながらうなった。


「つまり、ベンダは《尖鼠団》の頭目であると同時に、ギフト【姿写】を用いて魔法師を装い、ギルドの動向を監視・攪乱していた……と。それじゃあ、何度手を打っても討伐できなかったわけだな……」


 言葉の端々に、男爵の悔しさと納得、安心が垣間見える。

 その声には、街を守る立場としての責任感と、忸怩じくじたる想いが確かにあった。


 すると、男爵は思い出したようにテーブルの引き出しを開け、一つの金貨袋を取り出した。

 金属のぶつかり合う音が部屋に小さく響く。


「これは、今回の報酬だ」


 男爵は真っ直ぐこちらを見つめ、口調をやや硬く引き締める。


「レオ、リン。君たちのおかげで、この街の脅威は取り除かれた……心から感謝する。君たちは、間違いなくこの街の恩人だ」


「そう言っていただいて、光栄です」


「盗賊団は全員、街の外で三日間木に縛り付けた後、たっけいとする。もちろんゴンツもだ」


 磔刑とは柱などに縛り付け、槍で刺し殺す罰。

 即、磔刑であればまだしも、街の外で三日も放置されると、虫や動物、下手すれば魔物に食われかねない。

 その恐怖にずっと怯えたまま過ごすのは……地獄だな。


 それを聞いた隣のリンが、すっと一歩前に出る。


「男爵。ベンダを捕らえたとき、奴は一つの取引を持ちかけてきました。命を見逃してくれれば、《尖鼠団》がこれまで奪い集めた財宝を差し出す、と」


 男爵が目を細める。


「虚言の常習者です。言葉のすべてが真実とは思いません。ですが、民から奪った品々の中には、返されるべき何かがある可能性があります。たとえば、家族の形見や、思い出の品、あるいは生活の基盤を支えていた貴重な道具。そういったものを取り戻すために、今一度、奴らのアジトを調査したいのです。騎士団員を数名、同行させていただけないでしょうか」


 しばしの沈黙が降りた後、男爵がまっすぐ視線をリンに向ける。


「分かった。騎士団から数名、君たちに預けよう」


 俺たちは深く頭を下げ、グレスト男爵邸を後にした。

 宿に戻ってほどなくやってきたのは、やはりと言うべきか――ゼルトだった。


 騎士団長を含む三名の騎士を加え、向かうは西の丘。

 かつて《尖鼠団》の妨害に苦しめられたこの丘も、いまは心地よい風の音が通り抜けるだけ。

 あのときの殺気はもう、どこにもなかった。


 すんなりとアジトへとたどり着き、荒れ果てた内部へと足を踏み入れる。

 剥がれた床材、割れた家具、焦げ跡の残る壁。

 先日の戦いの余韻が、そこかしこに生々しく残っていた。


 探索を進めながら、俺は自然とあのパターンを考えていた。


(だいたいこういうのって、隠し部屋があるんだよな……)


 ベンダのような頭目クラスなら、財宝や秘密を隠すための隠し部屋を設けていてもおかしくない。


 中でも一際広い部屋――かつてベンダが使用していたであろう部屋に目をつける。

 タペストリーの裏、床板の隙間。

 リンと協力して細かく調べていくと……机の裏にスイッチがあるのを発見。


「……これだ」


 そっと押してみると――

 「カチリ」という音とともに、床の一部がわずかに浮き上がった。


「リン、今の聞いたか?」


 リンは無言で頷く。


 浮き上がった床を横にスライドすると、中から現れたのはほの暗い下り階段――

 そして、地下室への入口だった。

 冷気とともに、湿った空気が這い上がってくる。


「……やっぱりあったか。隠し部屋」


 慎重に階段を降りていくと、そこには十畳ほどの部屋が広がっていた。

 古びた石造りの壁に囲まれた空間。だが、アジトの荒れようとは対照的に、室内は整然としていた。


 棚には盗品が並べられ、装飾品や装備品、金貨や銀貨の袋、さらには記録用の帳面まで並んでいる。


 そして、部屋の中央の机の上――装飾された少し小さめな宝箱が、一際存在感を放っていた。

 ……ただし、鍵穴が、ない。


「なるほどな。ここでようやく……」


 俺はそっと手を掲げ、詠唱する。


「**【開錠アンロック】**」


 直後――自然と宝箱が少し開く。

 ゆっくりと蓋を開けると、中には……五冊の魔法書。

 どれも手入れが行き届き、布で丁寧に包まれていた。

 明らかに、価値を理解した者が保管していた証だった。


 俺は一冊ずつ、慎重に取り出していく。


 一冊目――【火撃ファイア】。

 二冊目――【閃光フラッシュ】。

 三冊目――【氷結アイスバーン】。


 すべて既習の位階魔法だ。

 だが、四冊目はまだ未習得の魔法……しかし、存在は知っていた。


「……これは……【毒矢ポイズン】。あの《蛇咬団》の頭目が使おうとしてたやつだな。第二位階魔法か」


 ページをめくる指先に、どこか冷たさが伝わってくるような気さえする。


 そしてもう一つの魔法書。

 それを手に取った瞬間――

 ズン、と胸の奥に響くような拒絶感。


(……ダメだ。これは……覚えられる気がしない……)


 いままで何十冊と魔法書を読んできたが、こんな感覚は初めてだった。

 まるで、この魔法が俺を拒絶しているかのようだった。

 そのとき、隣に立ったリンが声をかけてくる。 


「その二つの魔法書、まだ未習得か?」


「ああ。一つは【毒矢ポイズン】。そしてもう一つは……たぶん、特位階魔法だ」


「……ふむ?」


 リンが一歩近づいて、その魔法書を覗き込もうとしたとき――


 背後から騒がしい足音とともに声が飛んでくる。


「おお! こんなところに隠し部屋があったとは!」


 テンション高く叫びながら飛び込んできたのは、騎士団長ゼルト。

 鼻息を荒げたその顔は、子供が宝探しに当たったときのようなはしゃぎっぷりだった。


「……む? お宝の匂いがするな?」


 そう言って、なぜか俺たちの前を素通りし――わざとらしく、リンのすぐそばで鼻を鳴らす。


「スンスン……くんくん……ふむ、これは貴重な匂いだぞ……」


 おいおい、明らかに宝じゃなくてリンを嗅いでるだろ。

 しかも、こいつ、鼻の下が――限界突破してやがる。

 この数日でずいぶんキャラ変わったな……いや、元からこうだったのかもしれないけど。


 そんな様子にも、リンはまるで気にも留めていない風だった。

 ゼルトの好意――いや、行為を受け流し、いつもの調子で口を開く。


「ゼルト殿? この所有権はグレスト男爵でよろしいか?」


「む……確かに。ただ盗品となると、扱いに困ることがあり……」


 まぁ、そうなるわな。

 これを無条件で「所有権あり」とか言い出したら、他所の領地で盗ませて、自分の領に持ち込んで確保――なんてことができてしまう。


「そうか、レオ。魔法書のほかに何かめぼしいものはあったか?」


「いや、特には……」


「そうか……」


 すると、リンはゼルトに向き直る。


「私たちは一足先に帰り、バーバラに増援を要請してくる。この人数だと持ち運ぶのに大変だろうからな」


 そう言いながら、宝箱の中身を指差してゼルトに確認を促す。


「それと、この宝箱も男爵のもとへ届ける。中には魔法書が五冊。内容と数に相違がないか、確認してくれ」


 ゼルトは素直に頷き、宝箱を覗き込む。

 リンの言葉には、まるで一片の疑いも持っていない様子だった。


 ……俺が同じこと言ったら、「なんでお前が持っていく?」って、間違いなく一言二言返されたろうな。


 ま、いいんだけどね。

 俺たちは宝箱を抱え、再びグレスト男爵の屋敷へと向かった。



 ♢



「なんと!? 本当に隠し部屋があったというのか!?」


 宝箱に目を落としたグレスト男爵は、顔を紅潮させて声を上げた。

 目を見開き、まるで子供のような好奇のまなざしで蓋の隙間から中身を覗き込む。


「はい。その他にもかなりの量の品がありました。ゼルトさんの許可を得て、証拠品としてこの宝箱だけを持ち帰らせていただきました」


 俺が丁寧に説明すると、背後に控えていたリンが一歩前へ出て、俺の隣に並ぶ。


「男爵。今回の褒美の代わり……と言っては何ですが、こちらにある魔法書のうち、二冊をいただけないでしょうか?」


「魔法書……?」


「金貨や銀貨と違って、魔法書であれば被害届の照会が可能かと。売買記録のあるものなら、出どころはすぐに分かるはずです」


 リンの申し出に、男爵は唸るように頷いた。


「……なるほど。確かに、魔法書なら証明が取れるな。よし、ギルドマスターや魔道具屋の店主と照合し、盗難届の有無を確認しよう。ところで、欲しい魔法書というのは?」


 男爵の視線とともに、リンの視線も俺に向く。


「はい。第二位階魔法の【毒矢ポイズン】と、特位階魔法――【誘惑テンプテーション】です」


 男爵は目を細め、顎に手を当てながら繰り返す。


 グレスト男爵がうなずく。


「【誘惑テンプテーション】……? それはどのような魔法だ?」


「詳細までは分かりません。ですが、記述の一節から察するに、周囲の敵を引き寄せる効果があるようです。確認できたのは数秒だけでしたが……」


「ふむ……引き寄せる、か。興味深い魔法だな」


 男爵は深く頷き、すぐに表情を引き締めた。


「分かった。確認には時間を要する。結果は明日、改めて伝える。すまないが、私はこれから《尖鼠団》のアジトに向かうため、騎士団の編成に向かわねばならん」


 グレスト男爵自ら足を運ぶのか。


「ありがとうございます。それでは、僕たちはこれで失礼いたします」


 俺たちは一礼し、男爵の執務室をあとにした。




「リン、もう一か所、付き合ってほしい場所があるんだけど……いいかな?」


「もちろんだ」


 次に俺たちが向かったのは――冒険者ギルド。

 きっと、今回の報酬を今か今かと待ち構えている連中がいるはずだ。


 扉を開けた瞬間、予想は的中した。

 テーブルにたむろしていたユンたちの視線が、一斉に俺へと突き刺さる。


「ほら! やっぱりちゃんと来たじゃんか!」

「いや、俺だって信じてたよ、たぶん……」

「リンがいるんだからそんなことをするわけないだろ!」


 なんだその微妙な信頼感は。

 やれやれ。やっぱり魔法師ってのは、まだまだ信用がないらしい。

 俺は真っ直ぐカウンターへ向かい、受付嬢に話しかけた。


「迷宮攻略の報酬は、グレスト男爵から直接受け取りました。それと、こちらは攻略中に得た魔石と、オークキングがドロップした剣です。換金をお願いします」


 受付嬢は小さく頷くと、丁寧に魔石のサイズを測り、羊皮紙に記された価格表と照らし合わせる。

 さらに、剣を慎重に手に取り、確認したあと、笑顔で勘定を口にした。


「魔石と剣の合計で、金貨一枚になります。そして、今回の迷宮攻略の功績をもって――銅証十級から、銅証六級へ昇格と相成りました。こちらのバッジを徽章の穴に嵌め込んでください」


 差し出されたのは、銅色に輝く小さな星形のバッジ。俺とリン、それぞれに二つずつ。


 おお……!


 思わず手の中のバッジを見つめる。

 金貨ももちろん嬉しいが、それ以上に、この小さな星が胸を熱くする。

 確かに自分の手で何かを成し遂げた、そんな実感が、この金属に宿っていた。


 ……ただし。


 徽章にバッジをつけるのは、もう少し後だ。

 なにせ、こっちをじーっと見ながら、涎を垂らさんばかりの連中がいる。


「みんな、見てくれ。これが――グレスト男爵からの褒美だ」


 俺は静かに金貨の詰まった袋をテーブルの上に置いた。

 じゃらり、と音を立てて中身をあらためると、眩い光を放ちながら現れたのは――金貨十二枚。


 迷宮核の持ち帰りで大金貨一枚、つまり金貨十枚分。

 さらには《尖鼠団》の頭目――ベンダを捉えた分でで金貨一枚、ゴンツもおまけで金貨一枚分として換算としてくれたのだろう。


「えっと……ここにいるのは……」


 俺は視線を巡らせながら、ゆっくりと人数を数える。

 最初にこの宿で寝泊まりした八人の冒険者たちに加え、俺が【治癒ヒール】で命を繋いだ三人――計十一名。

 彼らは、あのボス部屋に最後まで残ってくれた仲間たちだ。

 ここは、きっちり漢を見せる時だろう。


 俺は一人ひとりの前に歩み寄り、金貨を掌に乗せていく。

 そのたびに、驚きと戸惑いが広がっていく。


「ま、マジかよ……」

「こんなにくれるなんて……」

「ケガまで治してもらって、金貨まで……俺、生きててよかった……」


 粗野な冒険者たちの目に、涙の光すらにじんでいる。

 その視線は、まるで俺が聖者か何かにでも見えているようだった。

 そして、俺は最後の人物の前で立ち止まる。


「リン。君には本当に世話になったから――」


 俺は、グレスト男爵からの金貨のうち最後の一枚と、先ほどギルドで換金した金貨一枚。

 計二枚を、彼女の手のひらにそっと置いた。


「こんなに? ……これじゃ、レオの取り分がなくなるんじゃないか?」


 リンが驚いたように眉を寄せる。


「ほら、俺は魔法書ももらえたしさ。それに剣術も教えてもらっただろ? 十分すぎるくらいだよ」


 その言葉を聞いたリンは、ふっと口元を緩め――そして、膝を折り、胸に手を当てる。


「……そうか。では、ありがたくいただこう。この恩、決して忘れはしない」


 その姿は、まるで忠義を誓う騎士のようだった。

 堂々としていて、それでいてどこか誇らしげな表情。


 ――これだけあれば、リンも安心して南を目指せる。

 道中、食うにも困らず、己の剣で生きていけるだろう。


 ♢


 翌日――


 今日もグレスト男爵の屋敷に招かれた。


「ギルドマスターと何度も確認したが――魔法書の被害届は、どこにも出されていなかった。それに《蛇咬団》は相当、蓄えていたらしい。ここだけの話だが……大金貨五枚以上はあったようだ」


 そこで一拍の沈黙。


 バーバラの責任者は、俺たちに静かに微笑みかけて言った。


「ゆえに、二人が望んだ魔法書――あれは褒美として正式に進呈しよう」


「……!」


 思わず、隣のリンと視線を交わす。

 どちらからともなく、俺たちは頭を下げていた。

 反射的に。だが、心からの感謝だった。


「ありがとうございます!」


 興奮気味の俺は、すぐさま続ける。


「ついでに、この宝箱も……保管用として、いただいてもいいですか?」


 俺が欲したのは、魔法書が入っていた宝箱。

 重量にしておそらく三キロほど。だが、中身ではなく、箱そのものが価値を持っている。


 何せ――蓋を閉じれば、自動で施錠される構造。

 開けるには、【開錠アンロック】の魔法が必須だ。

 貴重品を携えるには、これ以上ないほど信頼できる代物。


「うむ。構わぬ。して、レオとリンはこれからどうするのだ? もしよければ、ここに住まないか? 冒険者はもちろん、ゼルトからもかなりの高評価でな。私としてもぜひ、残ってもらいのだが?」


 ありがたい申し出だ。

 この町には、確かに良い思い出が詰まっている。

 だけど――


「とても光栄なお話ですが、僕には……叶えたい夢と、辿り着きたい場所があります」


 胸を張って、俺は丁寧に辞退した。

 すぐさま、隣のリンが言葉を重ねる。


「誠にありがたいお言葉ですが、私もここに留まるわけには参りません」


「……そうか。ならば、止めはせん。 今日から、駅舎が再開する。馬車による街道の往来も復旧した……それは知っているな?」


「はい。次の便で発ちます。いろいろと……本当にお世話になりました」


 深々と頭を下げる。

 リンもそれに倣って、凛とした所作で頭を垂れた。


「……寂しくなるな……では、達者でな。二人とも」


 その言葉には、別れの寂しさと同時に、静かな祝福が込められていた。




 グレスト男爵の屋敷を後にすると、ちょうど通りの角から見覚えのある顔ぶれが駆け寄ってきた。


「お前たち、今日発つんだって? ……水くせぇじゃねぇか!」


 最初に声を上げたのはユンだ。彼の後ろから、他の冒険者仲間たちも続く。


「今度会ったら、絶対に酒でも飲もうぜ!」

「レオ! リンに変な手ぇ出したら、俺が許さねぇからな!」

「リン! 今度は俺と一緒に潜ろうぜ!」


 冗談交じりのその一言に、皆が笑った。

 けれど、その笑顔の奥に、別れの寂しさが見え隠れしていた。

 そこへ――駆け足でやってきたもう一人。


「レオン、リンス!」


 女将だった。


「辛いことがあったら、いつでも戻ってくるんだよ! ……レオン、いや、レオ! リンを……頼んだよ!」


 その声が、胸に深く染み入る。


「みんな……女将さん、本当に……ありがとうございました!」


 俺が頭を下げると、隣のリンも丁寧に一礼してから言った。


「女将、また……あの料理、食べに来るぞ」


 仲間たちの笑顔、女将の声。

 その全てを背に受けながら、俺たちは駅舎へ向けて歩き出した。


 ――と、その時だった。


「……レオ」


 ふと、リンが足を止める。


「少し、話がある」


 振り向くと、真剣な眼差しをこちらに向けるリンがいた。

 その瞳には、普段の強さとは違う、言葉にできない揺れが映っている。


「……私は、これまでに二度、レオに命を助けてもらった」


 その声は静かで、けれど切実だった。


「だけど……私はまだ、何一つ返せていない。返すべきものさえ持っていない」


(返すものがない?)


 俺は思わず、口には出さずとも顔に出てしまっていたらしい。

 最低でも金貨五枚は報酬を受け取っていたはずだ。迷宮に潜る装備や武器の手入れ、旅の準備に使ったとしても、三枚以上は残っている計算になる。


 そんな俺の内心を見透かしたように、リンが苦笑混じりに続けた。


「……お金で返せばよかったのかもしれないが、それは、もう……ないのだ」


「えっ――!? まさか、盗まれたり……?」


「いや。置いてきた」


「置いてきたって……まさか、あの宿に?」


 リンはさも当然かのように頷いた。


「ああ。施しを受けたら、倍にして返さねばならない」


 マジか……金貨三枚ってかなりの額。

 倍どころか百倍はあると思うが……。

 それをぽんっと出すなんて、とんでもない器量。

 貯金ストックが趣味だった俺にはできない行動だ。


「だから――」


 ヘイゼルの瞳がまっすぐ俺を捉える。


「二年間。私を……雇ってくれないか?」


「……え?」


「二度も助けられた私が言うのもがましいが、剣だけは……多少の自信がある。使えないと思ったら、肉壁にでもしてくれて構わない。それで、チャラには――してもらえないだろうか」


「それは……ダメだ」


 俺の言葉に、リンの肩が小さく震える。


「……やっぱり、そうだよな。私のような――」


「そうじゃない」


 彼女の言葉を遮って、俺は一歩、前に出た。


「雇うとか、雇われるとか、そんな関係じゃない。敬語使うなって言ってくれたリンに、俺がそんな上下をつけるなんて、できるわけないだろ。仲間として一緒に来てほしい」


 ヘイゼルの瞳が大きく見開かれた。


「い、いいのか……?」


「ああ。これからもよろしく、リン」


 手を差し出す。

 ほんの少しの間を置いて――その手は、俺の手をしっかりと、力強く握り返してくれた。


「ああ……! こちらこそ、頼む、レオ!」


 この先、何があるかは分からない。

 それでも、隣にリンがいてくれる。


 歩くたびに感じる温もりと、ふと香るやわらかな匂い。

 それだけで、不安はすっと消えていく。


 この旅が、どんな未来へ続いていようとも――


これにて第一章終了となります!

十万字で終わらせたかったのですが、十三万字となってしまいました。

(この三十七話だけで八千字弱使ってますがw)


これからも頑張りますが、皆さんの応援やコメントがほんとに力になります。

★★★★★をいただけると、皆さんが想像する以上に喜びます。

モチベーションにも繋がりますので、よろしくお願いしますm(__)m

明日から第二章です!

よろしくお願いします!

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