第20話 花舞剣流
頭目はシミターを片手に突っ込んでくる。
動きは速い――少なくとも、子供の俺とは比べ物にならない。
「死ねぇぇぇえええ!!!」
渾身の勢いでシミターが振り下ろされる、その刹那――
「**【閃光】**!」
眩く輝く白銀の魔法陣が展開。
瞬間、強烈な閃光が周囲を包み込む!
普通の魔法であれば、魔法陣が描かれるのを見てから目を瞑ることはできる。
しかし、【ストック】した魔法の発現速度は、常識を超える。
目をひん剥いて斬りかかってきた男にとっては回避不可能であった。
「ぐっ……ああああっ!? 目が、目がぁ~ッ!!!」
網膜を焼きつくすような閃光に、男が苦悶の声を上げる。
その体が、ほんの一瞬――止まった。
この隙を逃すほど、甘くはない!
「**【石纏衣】**!」
頭目も一瞬たじろいだものの、咄嗟に行動を取っていた。
視界を失いながらも、経験から来る勘でシミターを横に薙ぐように振り回してくる!
だが、そんなガムシャラな剣筋、視えていないことがわかっている以上、読みやすい。
攻撃の隙間を縫って滑り込み、硬質化した脚でタイミングを見計らう。
「【加速】!」
さらに、速さを上乗せし――
「……せいっ!」
鋭く、低く――頭目のふくらはぎに向けて、渾身のカーフキックを叩き込む!
バギッ――!
骨が軋む音とともに、男の足が不自然に崩れ落ちる。
「ぐがぁぁぁあああ!!!」
呻き声と共に地面に倒れ込み、のたうち回る頭目。
だが――容赦はしない。
そのまま突進し、俺はシミターを持つ男の右手めがけて全力で蹴りを放つ。
甲高い金属音と共に、武器が男の手から跳ね飛ぶ。
さらに追撃の手を休めない。
渾身の力で踏み下ろす。
ミリタリーブーツの底が男の右手の甲を潰すように押し潰し、 骨の砕ける嫌な感触が足裏から伝わる。
「ぎゃぁぁぁあああ!!!」
頭目はまるで体を抱きかかえるように丸まり、悶絶する。
紫の外套が土と埃に汚れ、刺繍された蛇がのたうつように見えた。
「すみません! 誰か、この男を縛るのを手伝ってくれませんか!?」
俺の声に真っ先に応じたのは、女将さんだった。
「あいよ! あとはこっちでやるよ! レオンはリンスのところに行ってやりな!」
女将さんは慣れた口調で従業員や、野次馬として集まっていた住民たちに的確な指示を飛ばす。
頭目や感電して倒れている《蛇咬団》のメンバーたちは、すぐに縄で縛られていった。
ただ【火弾】を喰らった男にだけは、誰も近づかなかった。
誰が見ても命が尽きていると分かる状態だったからだ。
それでも、俺にはまったく後悔も、罪悪感もない。
これが、もし罪なき人間であれば、悔いていただろう。
だがこいつらは違う。自業自得だ。
女将たちに現場を任せ、俺はすぐさまリンスが向かった東門へと走り出す。
そして――そこで見たのは、想像すらしなかった光景だった。
門の前には、二十人を超える《蛇咬団》の男たちが、倒れていた。
それも全員、致命傷は負っていない。不殺を貫いている――
ゼルトの希望通りに、リンスは一人でこの人数を圧倒していたのだ。
しかも、騎士団と思われる男たちまでもが、言葉を失ったようにフードを目深に被る彼女を見つめている。
その中央に立つリンスが、最後の男に向かって静かに語りかける。
「大人しく投降しろ」
「投降したところで、殺されるんだろ!?」
「当然だ。お前たちに待ち受けるのは惨たらしい死だ。民を恐怖にさらし、苦しめ、襲った罪は重い。だが投降すれば、ここで痛みを伴わずに済むという利点がある」
リンスの澄んだ声が、現実を語る。
そして、次の瞬間――男は叫び、顔を恐怖で引きつらせながら、背を向けて逃げようとする。
「くそがぁぁぁあああ!!!」
しかし、リンスはその背を静かに見つめたまま、その場で剣を一閃――
「【花舞剣流・花風斬】!」
風に舞うような一振りから解き放たれた斬撃が、花びらのような魔力の残滓を散らしながら、逃げる男の脚を斬り裂いた。
男は転げるように倒れ込み、声にならない叫びを上げる。
「次はないぞ」
リンスが言うと、男は転げまわりながら両手を上げた。
「す、すごいです……リンスさん」
我ながら語彙力に乏しいと思いつつも、口を突いて出た言葉は、それしかなかった。
すると、リンスは小さく首を振って、苦笑する。
「そんなことはない……危なかった。剣を振ることしか体力は残ってなかったんだ……そっちはどうだ?」
「はい、なんとか全員、倒すことができました。ただ……一人だけ、殺めてしまいましたが……」
一瞬の沈黙のあと、リンスはふっと息を吐いて、微笑んだ。
「……そうか。でも、それは仕方のないことだ。相手は盗賊。死ぬ覚悟は最初からあったはずだ。それにどうせ奴らは、情報を聞き出した後、公開処刑されるだろう。レオンの気にするところではない」
俺もそう思っていた。
けれど、誰か――特にリンスのような人がそう言ってくれるだけで、不思議と心が軽くなる。
「さて、ここは片付いた。もう一度、《尖鼠団》の討伐に向かうか……」
リンスが西の丘を見上げながら、ぽつりと呟く。
「いえ、僕にはもう魔力は残されてないので行っても足手まといになるだけで……」
「なるほど、実は私もあの斜面を登ることはできないと思っていたんだ。レオンがそう言うのであれば、我らはここでリタイアとしよう。それにあそこまで追い詰めたんだ。あとはゼルト殿たちがやってくれるだろう」
「ですね……今は体を休めることを優先としましょう」
二人でゆっくりと宿に戻ろうとすると、住民たちが温かい言葉をかけてくれる。
「坊主! やるじゃねぇか! 《《ギフトがもらえれば》》鬼に金棒だな!」
「おめぇどんだけ魔力があんだよ! 初めて見る魔法ばっかだったぜ!」
「綺麗な魔法陣だったな! 今度また見せてくれよ!」
ギフトがもらえればって……やっぱり十二歳には見えないか。
一方でリンスも拍手と共に称賛されていた。
「すげぇよ! 剣先が見えなかったぜ!」
「もしかして金証冒険者か……?」
「いや、花舞剣流といえば、王都北の守護者……」
ざわつきが広がっていく中、一際大きな声が俺たちを呼び止めた。
「レオン! リンス! あんたたち、よくやったよ! 早く宿に戻ってきな! ご馳走、準備して待ってるからね!」
視線を向けると、女将さんが両手を広げるようにして笑っていた。
その笑顔に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
俺たちは顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。
「ご馳走、ふふふ、いい響きだな」
「ですね。女将さんの料理は美味しいですから楽しみです」
言葉を交わしながら、俺たちは宿を目指して歩き出す。
リンスの足取りが、少しずつ軽くなっていくのが分かる。
いつの間にか、彼女の歩調は俺よりもほんの少しだけ速くなっていた。
住民の笑顔が俺たちを温かく照らすなか――
俺たちは、ささやかな勝利と平穏をかみしめながら、帰る場所へと歩を進めた。




