98.cry werewolf(3)
摩擦音が聞こえる四人を意に介さない探偵と、外見通りに野性のような反応を見せる貧民街の少年。
彼らを目の当たりにして、まず声を上げたのは流れるように舌打ちをする警官だった。
「なんでだあ? 俺が警察だからに決まってんだろ、クソガキ。何も知らねえチビに出番はねえ。それとも何か? そこのクソ探偵のケツ追っかけて、探偵ごっこでもしてんのか? おー、おー。偉いこって」
「テメェ、バカにしてんのか! 探偵ごっこじゃねえ、オレはこのオッサンの助手だ。さっきだって、オマエらができない調査だって手伝ったんだぜ? ホコリってのしかねえ奴らが、なに踏ん反り返ってんだ」
「……助手? おいおい、探偵さんよお。いつからおままごとの依頼を受けるようになったんだ? ガキから金とんのは感心しねえなあ」
現れたジャックが、探偵に協力をしているのは事実だ。
不遜な探偵と口の固い住人との間へ入り、頭を下げ、パーシヴァルの話を聞く機会を生みだす。
警官が認めずとも、その仕事の重要さは変わらない。しかし自慢げに話す少年自身は行った仕事の深さを知らず、言葉の重みは軽いまま。
貧困と権力、子どもと大人、弱者と強者。
そんな高低差のある対立を脇にして、ザックたちはひっそりと考えこんでいるパーシヴァルへ声をかけた。
「首尾はどうでしたか? フォレスターくん。何やら気になることがあるようですが、まずは聞きこみの成果をお聞きしたい」
「いや、先生。あれを止めなくていいんですか。ライトの身が危ないですよ」
「それはそうなのですが、アイザック氏。下手に刺激を増やしてしまうと、危うさが増すといいますか。ああして言い合いをしているだけなら放っておきましょう。手が出るようなら全員で止めるということで」
「まるで火薬ですね、彼。貴族にも似た人物がいますよ」
敵意の応酬。交わりすり減ることで丸くなることを知らない、大小の尖った石のぶつかり合い。
どちらも正しさをふくむ一方で、相手の立場を考えることすらできない二人の怒声を、ザックたちは複雑な表情で眺めていた。
お互いに一度口を閉ざそう、などと言おうものなら矛先がこちらに向く。
それを恐れるザックたちは視線だけをそこそこ向けつつ、パーシヴァルへ意識を向ける。
しかし探偵の口からこぼれるのは、彼らしくないぼやけた声音だった。
「……ああ、そうだな。君の言う通りだ、ウェスカー。ここの住人たちが見聞きしたことを共有しよう」
「らしくないですね。そこまで引っかかる出来事でも?」
「いや、ない。ないはずだが、胸騒ぎがする」
「僕たちには分からない探偵の勘ですか。話していたら、案外見えてくるかもしれませんよ?」
腑に落ちない様子を見せるパーシヴァルに、そういうものを知っているとザックは共感していく。
青年自身にはあまりないが、よく知るもう一人にはその傾向がある。
怪物アイザック。もう一つの人格である冷たい眼差しの彼は、同じ怪物に対して奇妙な勘の良さを見せるときがあった。
錬金術師のときも、白銀のハンドベルのときも。近しい存在を逃さない。
それを知っているからこそ馬鹿にできないと笑うザックは、情報整理としての会話を提案していく。
「見える、か。──いいだろう。奴に近づくためなら確実性が欲しい」
「ええ、そうですね。殺人鬼の被害者はおそらく五人。ここは話の通りだとして、私はやはり、女性だけが狙われているのが気になります。犯行に及びやすいという点では、少年少女でも構わないでしょうに」
「そこは何かの拘りだろう。全員が夜の生業に就き、赤い衣装で着飾っている。そこを警察も注目して張りこみをしていたようだが、限界があったようだ」
「これまでの動向のせいですね。信頼のない相手は近くへ寄らせないし、近づきもしない。彼を見ていれば気持ちがよく分かります。いきなり暴力を振るう相手とは手を取り合えません」
被害者の共通点は洗えている。
全員が二十代を超える女性で、職業は夜の仕事。そして赤く派手な色合いの衣装を好んでいたこと。
ここから加害者が男性だろうと推測でき、そして金銭にはある程度の余裕があると分かる。
夜に女性を訪ねるような人物が心許ない金銭を握っている場合、横柄かつ暴力的な振る舞いがないとは言えない。
その背には反社会的な力が加わっていてもおかしくはないし、それが想像できる相手となると、仕事といえど女性だって警戒の色を見せる。
聞きこみで被害者が亡くなる前には、そんな人物が周りにいたという話は出ていない。
むしろ相手の男性が憐れに思うような話ばかりだったと語る探偵は、次の話へ進めていく。
「犯行に及んだ動機の方は、大方の推測はできている。五人とも性格に難があり、日頃から恨まれることばかりをしていたそうだ。少年が紹介した老人も、いいところは見た目だけと嘆いていた。動機は怨恨だろう」
「なら相手はお客の誰か……とは、絞り切れないんですね。私生活でも問題があるとすると、町の人たちからも恨まれていそうだ」
「ですが、いい線ではないでしょうか、アイザック氏。少なくとも二択には絞れます。というと、自分が候補から外れて喜んでいるように聞こえてしまいますね」
「いや、そこまではいいはずだ。その容姿から過激な性格でも喜んでいる客が多かったそうだが、全員ではない。恨みはあるが、まず首を狙う冷静さがある。そう考えて浮かんでくるのは、この町の住人ではなく客の方だ」
「お客の方ですか。なるほど、フォレスターくん。私にも何となく見えてきましたよ」
悪女然とした振る舞いをする被害者に警戒されず、しかしその暴力性に魅入られず恨みを募らせる。
手口は冷静かつ大胆に。人気の少ない小屋で待ち合わせて、自分を見下している被害者へ一撃を入れる。
これが貧民街の人間なら、力に物をいわせた酷い有り様になると考えられ、実際の犯行からはある種の職人性を感じる。
なら女性の客が犯人だと推測するのが自然だと、パーシヴァルは落としどころを見つけるも、納得の表情となるには依然遠い様子だった。
「しかしこれでは、今までの話と変わりませんね。フォレスターさん、他には聞いていないんですか?」
「聞いてはいたが、そのほとんどが被害者への恨みつらみだ。確か四人目の女性も、先日亡くなった五人目の陰口を叩いていたとか。内容はよくある女性同士の陰湿なものだ」
「それは……あるでしょうねって感想ですね。職業柄、見た目は気にするでしょうし」
「──あ? オッサンたち、あのババアどもの話してんのか。ジイさんが言いたそうにしてたから黙ってたけどよ、オレもいっぱいあんぜ、アイツらの嫌いなとこ」
陰口から陰謀まで。美を意識する女性に多い陰湿な行為は、どこへ行っても変わらない。
だから取り留めて挙げる内容なのかと、三人が何ともいえない表情を浮かべていると、口喧嘩に疲れたジャックが間に割って入って来た。
「アイツ、オレのこときたねえイヌだとか言って蹴ったりさ、マジでひでえ奴だったよ。なんでアイツにベタ惚れしてる野郎が沢山いんのが、わっかんねえぐらいだ。ジイさんも言ってたけどよ、同じ女相手だとめちゃくちゃなことしか言わなくなって……あれ?」
「どうかしたのかい、ライト」
「いやさ。やられた奴ら全員、なんか相手のことバカにしてたような。四人目も、三人目がぐちぐち言ってたって聞いたし」
これまでの被害者が全員、一つ前の相手から悪態をつかれていた。
そんな共通点をこぼすジャックは、五人目の罵詈雑言を思い出していく中で顔色を青に変えていく。
「……なあ、オッサンたち。五人目がカメリアの姉ちゃんの名前言ってた気がすんだけど、これってヤバイやつか?」
もし殺人鬼が標的を、殺害前の被害者から聞いた名前で選んでいるとしたら?
そんな考えが過ぎったジャックは、言わなければいけないこととして、震えた声で全員に告げる。
カメリアを知らない警官だけは首を傾げるも、他全員は空気ごと身を固まらせた。
少年が冗談を言っているようには見えない。しかしあまりにも唐突で身近すぎる話に声が出せなくなるザックたちだったが、警官が呆れたように舌打ちをしようとしたところで、パーシヴァルの足が動きだした。
「──全員、帰るぞ。そこの君は警官だったな。何故いるかは知らんが、仕事をする気があるのなら付いてこい」
「お、おい。なんだ急に。なんで俺が、お前なんかについてかなきゃいけねえんだ」
「仕事だ。耳が悪いのなら退職することをオススメする」
「んだとぉ!」
有無を言わさずにカメリアのいる下宿へ戻ることを示すパーシヴァルへ、残ったザックたちは遅れて反応する。
言葉はいらない。全員の頭の中で繋がった点と点は、一つの線を結んでいたから。
少年ジャックの言うことが本当なら、殺人鬼が次に狙うのはカメリアだと。




