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霧中のアンネーム  作者: 薪原カナユキ
第三幕 ???

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97/102

97.cry werewolf(2)

 強い語気に対して、大柄の男性警官の服装はいたって平凡だった。

 公務で来ていないことが分かる私服姿。場所も相まって、その風貌は暴力を生業とする輩そのもの。


 まるで警察ではないかのような彼がザックたちの傍まで寄ろうとするも、その行く先は間に割ってはいった使用人によって阻まれる。


「おおっと、こえー兄ちゃんだな。お偉いさんの手下か。ご苦労なこった」

「見たところ仕事ではないようだけれど、キミも個人的な調べものか」

「かもな。……つーか、休暇じゃねえよ。テメェのせいで謹慎(きんしん)中だ、クソが。給料も減っていいことなんか一つもねえ。一発殴らせろ」

「手を出されるのは困るな。それに医者の前で、その発言はどうかと思う」

「知らねえよ。俺にとっちゃ容疑者二人とその手下一人、それだけだ」


 謹慎(きんしん)中、減俸(げんぽう)。そんな二つの処罰を理不尽だと怒る警察官は、矛を収める気がさらさらなく、気配だけならば今すぐにでも攻勢に出てもおかしくない。

 しかし赤黒い感情を露にしていても足を止める理性を残していることから、何かの事情が見え隠れしている。


 謹慎(きんしん)を言い渡されているにも関わらず、こうして犯行現場に足を運んでいる以上は、私的な調査に乗りだしていると踏んだザックは、慎重に言葉を選んでいく。


「まだ容疑で済んでいるのならありがたい。謹慎(きんしん)中と言っていたけれど、ここに来ていいのかい?」

「……チッ! 失態続きで、はいそうですかと上の指示鵜呑(うの)みにするかよ。言っておくが、お前らを疑わなくなるなんてことはねえ! 貧民街うろつくお貴族様も、偽善者ぶってるやぶ医者も信じられるか。叩いて痛むところいっぱいあんだろ?」

「私は胸を張ってないと言えますよ、警察官殿。それに偽善であっても、ここの方々の怪我や病気を診るのは、国をより良くするために必要なことでしょう。貴方がこうして現場を見て回っているようにです」

「俺がいつ、んないい子ちゃんの理屈こねた。気持ちわりいな、お医者様はよお。──んで? お貴族様は流石にあるんだな、その様子じゃ」

「生憎とそうならざる負えなくてね。善人でない警察に目をつけられて、どうしたものかと困っているよ」

「そうか、良かったな。んじゃあ、さっさとゲロっちまえよ、殺人鬼」


 市民を守るためではない。正義は自分の行為を正当化するものであり、誰もが納得する理屈よりも自分が納得する感情を優先する。


 国を震え上がらせる殺人鬼は、目の前にいる怪しい風貌(ふうぼう)の青年貴族。

 そうであれば筋書きとして綺麗だし、何より今の自分の扱いに対する復讐もできてスッキリする。


 お前が犯人だ。そう告げる警官に対して、我慢が効かなくなってきた使用人が足を一歩踏みだそうとしたところで、肝心のザックは変わらない作り笑いのまま言葉を重ねていく。


「それは無理な話だ。第一、違うと思っているからキミはそうして立ち止まっているんだろう? 確信があるのなら、もう僕は殴られている」


 今ここに無事でいることこそが、警官の自信のなさの証左。

 ザックも、ウェスカーも。殺人鬼と言い切れない心がキミにあると青年が発すると、張り詰めた糸が切れたように舌を打つ音が鳴り響く。


「うぜえな、アンタ。何もかも分かってるような口ききやがって」

「そうでもないさ。僕が巻きこまれた事件については探偵任せで、こうしているのは後学のためさ」

「こーがくぅ? 一々うさんくせぇ奴だな。そっちのお医者様は何だ。今は職務質問程度にしといてやるよ」

「私はアイザック氏のお供といいますか、街への配慮です。彼が一人でいると色々と不味いですから」

「だろうな。あん時、めちゃくちゃ疑われてたからな。当たりだと思ったのによ、クソが」


 医者と上流階級。そんな二人が貧民街へ赴いているのは怪しいが、かといって見た目以上の不審なことはしていない。

 ザックの指摘通り、確信は持てていないと悪態だけで済ませる警官は、攻撃的だった表情の色を段々と薄めていく。


 ここまで捕まえても、また先日の繰り返し。それどころか謹慎(きんしん)中の無断行動で更なる罰則があると考えると、警官は握りしめていた拳を開いた。


「お医者様がいるってこたぁ、探偵ってのはあのムカつく野郎か。コソコソこの事件を嗅ぎ回ってんのは聞いてたが、まだやってんのかよ。飽きねえな、あの警官殺し」

「……不快な呼び方をするな、キミは」

「ハッ! 不快だぁ? アイツのせいで警官一人死んでんだ。当然の名前だろ。っと、なんだやる気か? いいぜ、来いよ。クソ探偵がいなきゃ何も調べられねえ、お坊ちゃんよぉ!」


 確信がなく、積極的に危害を加える気は削がれたとしても、彼自身がまとう赤色は消え去らない。

 きっかけさえあれば瞬く間に燃え盛る彼の意思は、野性味の強い笑みにさえ熱を加えている。


 しかしそんな警官を前にして、低い声を浴びせたはずのザックは、憤る使用人を制止したままだった。


「フォレスターさん頼りなのは事実だ。否定できないよ。──ただ色々と口が過ぎるキミも、疑う余地があるのは分かってもらいたい」

「疑う? 何を? 俺は警察だぞ」

「そう、キミは警察だ。夜中に一人で女性に近づく理由はいくらでもある。ましてやその性格だ。いい方向では捉えられない」

「……脅しか。上等だよ」


 荒々しさを隠さない警官が貧民街を訪れる。そこに違和感を覚える人物は少ないし、夜間に働く女性と会うこともまた必然に見える。

 上司の命令を無視した行動を取ることから、普段の素行も想像がつき、起こした暴力沙汰だって片手では足りないだろう。


 そんな彼が実は殺人鬼。

 ──説としては納得のしやすい部類に入る。


「で、なんだ。俺は黙ればいいのか」

「まさか。警察としての役目を果たせばいい。例えば、僕たちと一緒に行動をして、容疑者兼善良な国民を守るとか。他に案はありますか? 先生」

「えっ? えっ、ええ。そうですね。できることならフォレスターくんと協力をと思いますが……」

「あの野郎と協力とか、ウナギのゼリー寄せ食う方がマシだ」

「そうなりますよね。しかし代案となると難しいですよ、アイザック氏。本格的な調査をしているのはフォレスターくんであって、私たちではない。ここは穏便に見逃してもらう他ないでしょう」


 本命はジャック少年を連れて、貧民街の住民に話を聞いて回っているパーシヴァルの方。

 調査は素人でも、他分野に精通する二人ならではの観点から現場をという思惑はあったものの、片づけられた後ではいかんともしがたく。

 そこへ信用のない警察官をふくめたところで、持て余すのは当然だった。


 場を収めただけでも僥倖(ぎょうこう)でしょうと、解散する流れをウェスカーが作ろうとしたところで、聞き覚えのある若い声が大人たちの耳に飛びこんできた。


「──んだよ、オッサンたち。道のど真ん中で突っ立ってよ。つーか、そいつ警察(サツ)だよな。アンタぶん殴ってた。なんでここにいる」


 ザックとウェスカーたちを目にして、初めは明るく年相応な声音で話していたジャックだが、近くにいる警官を瞳へ収めた途端に昇っていた日は雲に隠される。

 あからさまな警戒。伸び伸びとしていた様子すらなりを潜めて、強張った表情は動物の威嚇(いかく)のよう。


 そんな少年の後を追って姿を見せたのは、心ここにあらずといった様子のパーシヴァルだった。

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