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婚約破棄された誓約鑑定令嬢は、沈黙の辺境公爵と偽りの王国を縫い直す  作者: 乾為天女


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18/21

第18話 七日後の処刑

 最終審理の日付が告げられたのは、その日の夕方だった。


 「七日後です」


 契約裁判所の書記官は、机の向こうで目を伏せた。


 リーゼロッテは聞き返した。


 「七日?」


 「国境領土を外国へ譲渡した登録契約が真正と認定された場合、戦時反逆罪の緊急規定が適用されます」


 「最終審理で真正と認定されたら?」


 「死刑判決後、即時執行が可能です」


 胸の奥が冷えた。


 七日後に判決。


 そして、その日のうちに処刑される可能性がある。


 「契約裁判所控えと王国契約石の照合には、どれくらい必要ですか」


 「通常なら数日です」


 「通常なら?」


 書記官は一瞬、周囲を確認した。


 「王妃殿下側は、反逆事件の緊急性を理由に証拠調べを必要最小限にするよう求めています」


 「必要最小限とは」


 「提出された反逆契約、被告の署名・印章の確認、登録番号の照合を中心に。周辺の王国統治誓約や摂政権限の問題は別件として扱うべきだと」


 リーゼロッテは指先を握り込んだ。


 予想どおりだった。


 登録番号だけを見ても矛盾はある。


 だが王妃側は、三年前の公爵家控えが改竄された可能性を主張している。


 だからこそ裁判所控えと契約石が必要なのに。


 「契約石の登録照合は外せません」


 「裁判所も、その点は認めています」


 「では、七日以内に必ず」


 「はい。ただし、王国統治誓約の関連記録については現状保全までです。今回の反逆事件でどこまで閲覧を認めるかは、まだ決まっていません」


 書記官は別紙を差し出した。


 証拠調べ予定表。


 一日目。


 王妃側提出文書の封印確認。


 二日目。


 三年前の当事者控えの確認。


 三日目以降。


 中央登録室から裁判所控えと契約石照合記録を搬入。


 最終審理。


 七日目。


 「搬入が遅れた場合は?」


 「延期申立てはできます」


 「認められるとは限らない」


 「はい」


 戦時反逆罪。


 その言葉が、日程そのものを武器にしている。


 時間をかけて調べることが、国境防衛を遅らせる行為だと扱われる。


 「王妃殿下側は、証人尋問も絞るよう求めています」


 「誰を外そうとしているのです」


 「ノエル司祭。北境の旧登録担当者。摂政権限に関する証人です。本件の鉱山譲渡契約と直接関係しない、と」


 切り離す。


 反逆契約だけを一本の問題に見せる。


 同じ登録制度で何が起きてきたかを見せない。


 ヴァレリアらしいやり方だった。


 「異議を出します」


 「法務官からすでに提出されています」


 リーゼロッテは少しだけ息をついた。


 全部を一度に解決することはできない。


 今、最優先なのはレオンハルトの命だ。


 そのために必要な証拠を、七日以内に同じ机へ並べる。


 裁判所控え。


 王国契約石。


 三年前の当事者控え。


 王妃提出の反逆契約。


 その四つ。


 まずはそこだ。


 翌朝。


 リーゼロッテは契約裁判所拘置所へ向かった。


 面会室には鉄格子がある。


 レオンハルトはその向こうにいた。


 手錠は外されている。


 代わりに、机へ鎖で繋がれた筆記板が置かれていた。


 「……ひどい扱いですね」


 彼は首を横に振った。


 『反逆容疑なら普通だ』


 「普通なら我慢しろ、とは言いません」


 レオンハルトの目がわずかに和らぐ。


 リーゼロッテは椅子へ座った。


 「最終審理は七日後です」


 彼は頷く。


 『聞いた』


 「登録照合は間に合わせます」


 『君が無理をする必要はない』


 「あります」


 即答した。


 「あなたの命がかかっています」


 レオンハルトは筆を止めた。


 少し迷ってから、書く。


 『私のためだけに危険を選ぶな』


 「では、誰のためならいいのです」


 返事がない。


 「北境のため? 王国のため? 母のため?」


 リーゼロッテは格子へ少し近づいた。


 「私は、自分であなたを助けたいと思っています」


 その言葉を口にした瞬間、心臓が強く鳴った。


 レオンハルトが見つめ返す。


 筆が動く。


 一度止まる。


 また動く。


 『君との結婚だけは、王妃の命令でも義務でもなかった』


 リーゼロッテは文字を読んだ。


 呼吸が浅くなる。


 母エレオノーラの頼み。


 貴族身柄引受。


 反逆容疑から逃がすための婚姻。


 始まりには、いくつもの事情があった。


 だからずっと、どこまでが彼自身の意思だったのか分からなかった。


 「それは」


 続きを聞こうとして、やめる。


 今ここで、黒い誓約紋を出させたくない。


 何より。


 声で聞きたいと思った。


 「あなたを救えたら、その続きを声で聞きたい」


 レオンハルトの目が見開かれた。


 それから、ゆっくり頷いた。


 首元に黒い紋は出ない。


 今の約束は、王妃にも、十年前の秘密にも触れていない。


 ただ二人の意思だけの約束だった。


 レオンハルトがもう一度書く。


 『七日後でも、十日後でもいい』


 「よくありません」


 『なぜ』


 「処刑された人からは聞けないでしょう」


 彼の目が丸くなる。


 次の瞬間、肩がわずかに揺れた。


 笑っている。


 「笑うところではありません」


 『君らしい』


 「どこがですか」


 『期限を守るところ』


 こんな場所で。


 こんな状況で。


 リーゼロッテまで少し笑ってしまった。


 面会時間を告げる鐘が鳴る。


 笑いはすぐに消えた。


 リーゼロッテは立ち上がる。


 「七日後ではなく、それより前に迎えに来ます」


 レオンハルトが筆記板へ書く。


 『待っている』


 拘置所を出たところで、ノエルが待っていた。


 昨日よりも顔色が悪い。


 「話せますか」


 リーゼロッテは近くの面談室を借りた。


 扉が閉まる。


 ノエルは座らなかった。


 「家族が拘束されています」


 第一声だった。


 リーゼロッテは黙って続きを待つ。


 「王妃殿下側は『保護』と呼んでいます」


 「どこに?」


 「王家管理の宿舎です。外出は許可制。手紙も検閲されます」


 「逮捕状は」


 「ありません」


 リーゼロッテは顔を上げた。


 「正式な拘束命令も?」


 「ありません」


 「それなら」


 「でも、出れば反逆者の協力者として扱うと言われています」


 保護。


 また同じ言葉だった。


 本人が拒めない保護。


 選択肢を奪っておいて、命令ではないと言う。


 「あなたは、それで王妃へ情報を渡したのですね」


 ノエルの肩が震える。


 「はい」


 「いつから?」


 「あなたへ最初の手紙を送った直後です」


 リーゼロッテの胸が痛む。


 十年前の母のことを知らせようとした。


 その代償として、家族を押さえられた。


 「王妃側は、あなたに何を求めましたか」


 「あなたが何を調べているか。北境で何を見つけたか。私と会ったか」


 「原本の場所は?」


 「何度も聞かれました」


 「答えなかった」


 「はい」


 「なぜ」


 ノエルは唇を噛んだ。


 「そこまで渡したら、エレオノーラ様が死んだ意味まで消えると思ったからです」


 リーゼロッテは目を閉じた。


 許したわけではない。


 彼が渡した情報のせいで、王妃は先回りできた。


 レオンハルトの反逆契約捏造にも繋がった可能性がある。


 それでも。


 「あなたを責めるのは後にします」


 ノエルが顔を上げる。


 「先に、ご家族を王妃の手から出します」


 「無理です」


 「逮捕状も正式拘束命令もないのでしょう」


 「外へ出れば――」


 「だから、勝手に逃がしません」


 リーゼロッテは立ち上がった。


 「あなたが正式に証言してください」


 「何を」


 「王妃側から、家族の自由を条件に情報提供を求められたことを」


 ノエルの顔が青ざめる。


 「それを証言すれば、家族が」


 「だから証言と同時に、契約裁判所へご家族の居所保全を申し立てます」


 レオンハルトの事件で、ノエルは関連証人になった。


 その証人の家族が、一方当事者である王妃側の管理下に置かれている。


 証言へ圧力を加えられる状態だ。


 「王妃側の宿舎から、裁判所が指定する中立の滞在先へ移してもらう」


 「認められますか」


 「認めさせます」


 リーゼロッテはすぐに法務官を呼んだ。


 ノエルの証言を、推測と事実へ分ける。


 いつ。


 誰から。


 どんな言葉で。


 家族はどこへ移されたか。


 外出にどんな許可が必要か。


 情報を渡すたび、面会や手紙が許されたのか。


 最初の供述は曖昧だった。


 「王妃殿下の命令でした」


 「直接聞きましたか」


 「いいえ」


 「では、そう書けません」


 リーゼロッテは訂正させる。


 「王妃府の役人が、王妃殿下の意向だと言った。あなた自身が確認したのはそこまでです」


 「……はい」


 「家族を殺すと言われた?」


 「そこまでは」


 「では、それも書かない」


 恐怖が大きかったからといって、事実まで大きくしてはいけない。


 ノエルは途中で何度も手を止めた。


 それでも、最後まで署名した。


 誓印視には黒い歪みが浮かばない。


 だが、それを申立書には書かない。


 証拠にするのは、ノエル本人の供述。


 王家宿舎の入退去記録。


 面会許可記録。


 王妃府からノエルへ送られた呼出状。


 客観記録で固める。


 法務官が申立書を読み終えた。


 「問題は、移送先です」


 「王妃府の管理外で、警備できる場所」


 「王立聖堂なら」


 ノエルが顔を上げる。


 「聖堂の宿泊棟は巡回司祭や地方から来た証人を泊めることがあります。王妃府の宿舎ではありません」


 「そこを候補に」


 申立書を提出する。


 待っている間にも時間が減る。


 窓の外の光が傾く。


 リーゼロッテは時計を見るたび、七日という数字を思い出した。


 午後遅く。


 契約裁判所は緊急の居所保全を認めた。


 「証人に対する不当な働きかけの疑いがあるため、家族を王妃府管理下から移す」


 裁判官の決定を聞いた瞬間、ノエルは椅子へ崩れ落ちた。


 移送先は王立聖堂の宿泊棟。


 王妃府ではなく、裁判所の執行官が出入りを記録する。


 ただし、決定が出ただけでは終わらない。


 王家宿舎側が引き渡しを拒めば、また時間を失う。


 リーゼロッテは執行官の帰りを待った。


 一時間。


 二時間。


 日が落ちる。


 ノエルは何度も扉を見た。


 「もし、拒まれたら」


 「その場合は、正式拘束命令の提示を求めます」


 「出されたら?」


 「その根拠を争います」


 「時間が」


 「分かっています」


 レオンハルトにも七日しかない。


 それでも、ここで家族を見捨てて原本の場所だけ聞けば、王妃と同じになる。


 誰かの大切なものを人質にして、欲しい答えを取る。


 それだけはしない。


 夕刻を過ぎたころ。


 執行官から短い報告が届いた。


 『対象者の移送完了。全員の無事を確認』


 ノエルはその紙を両手で持ったまま、声を出さなかった。


 長いあいだ。


 ただ頭を下げ続けた。


 「これで、あなたを縛っていた条件は一つ消えました」


 リーゼロッテは言った。


 ノエルがゆっくり顔を上げる。


 「……はい」


 「原本の場所を、今すぐ話せとは言いません」


 「なぜ」


 「ご家族を助けた対価にしたくないからです」


 ノエルの目が揺れた。


 「話すかどうかは、あなたが決めてください」


 部屋の時計が鳴る。


 一日が終わる。


 残り六日。


 レオンハルトの命まで。


 そして、王妃が原本へ辿り着く前に。


 ノエルは移送完了の報告書を見つめたまま、静かに息を吸った。


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