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「お前は口減らしだ」と婚約破棄された私が、前世の知識で領地を最適化したら、なぜか全員に溺愛されています  作者: 秦江湖


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第98話 確固たる礎

王都財務庁からの正式な書状が届いたのは、ヴァルター監査官が逃げるように去ってから一週間後のことだった。


アルフレッドさんが銀のお盆に載せて運んできた羊皮紙には、財務庁の公式な検印とともに「査察結果:適正。追加指示なし」という簡潔な一文が記されていた。不当な物流停止命令も、理不尽な徴税の追及も、そこには一切書かれていなかった。


「完全な撤退ですね」


ルークが書類の端を指先で検分し、淡々と口を開いた。


「ヴァルター監査官は王都へ戻った後、北領の税収増を『己の適切な指導による成果』として報告書を偽装したようです。自らの保身のために、当方の主張をそのまま丸呑みせざるを得なかったのでしょう」


「自分の保身のために動く人間ほど、扱いやすいものはないわね」


私は手元の温かいお茶に口をつけ、小さく息を吐いた。


「王都の権力者がどれほど理不尽な論理を振りかざしてこようと、客観的な事実と数値、そして法的手続きを揃えておけば、向こうから勝手に崩れていくという良い前例になったわ」


「お嬢様のおっしゃる通りでございます」


アルフレッドさんが穏やかな笑みをたたえて頭を下げた。


「城下町の問屋街では、王都の監査を退けたという知らせが密かに広まり、商人たちの顔つきが一段と誇らしげになっております。『北領の庇護のもとにある限り、不当な脅迫には屈しない』という信頼が、強固な錨となってこの地に下ろされました」


窓の外を見下ろすと、大通りにはハルシュタットの金属を積んだ馬車と、カルナ村の漆黒の石炭を運ぶ荷車が、互いに道を譲り合いながら整然と行き交っていた。


かつては各地域が孤立し、王都の業者や強欲な領主に生殺与奪の権を握られていた。それが今や、互いの弱みを補い合う対等なパートナーとして、確固たる経済の環を形作っている。


ルークが手元の厚い帳面を開き、私に見せるように少しだけ傾けた。そこには数字の羅列ではなく、各地の最新の状況が簡潔にまとめられていた。


「ハルシュタットでは五割の年貢率が定着し、小作農たちの自主的な水路拡張により、来期の作付け面積が二割増加する見込みです。カルナ村でも『北部標準規格』に基づく石炭の選別が円滑に行われ、北領の鋳造・暖房用資材のコストは過去最低値を更新し続けています」


ルークは一度言葉を切り、眼鏡の奥の瞳をわずかに和らげた。


「数字の計算上、最も興味深いのは『摩擦の消失』です。不当な搾取や恐怖による統制を排除し、人々自身に選択権と正当な対価を与えたことで、物流と生産における心理的・物理的な損失がほぼゼロになりました」


「人は『奪われる』と思うと力を隠すけれど、『築ける』と確信すれば能力を限界まで発揮する……そういうことかしら」


「ええ。感情論ではなく、極めて合理的な事実です」


私が微笑むと、ルークも帳面を閉じる手に満足感を滲ませた。


私たちが作り上げたのは、一時的な救済策でも、誰かの一目置かれるカリスマに依存した王国でもない。誰が欠けても回り続け、理不尽な圧力に対抗できる「仕組み」そのものだ。


「さあ、第一段階はこれで完了ね」


私は立ち上がり、壁にかけられた北部全域の地図を見つめた。

過酷な冬を越え、確固たる礎を築いた北領と周辺の地域。ここから生み出される余剰と知恵は、さらに遠く、理不尽な構造に苦しむ人々を照らす光となって広がり続けていく。


「ルーク、アルフレッドさん。次の季節に向けた、新しい計画の準備を始めましょう」


「「かしこまりました、リーゼロッテ様」」


二人の頼もしい返事が、静かで力強く執務室に響き渡った。

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