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「お前は口減らしだ」と婚約破棄された私が、前世の知識で領地を最適化したら、なぜか全員に溺愛されています  作者: 秦江湖


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第99話 春を告げる循環

山々に残っていた残雪が日差しに溶け出し、北領に長く厳しい冬の終わりを告げる風が吹き始めていた。


執務室の窓を開けると、澄んだ空気とともに、城下町の活気ある喧騒が流れ込んでくる。大通りでは、カルナ村から届いた石炭の熱気で稼働する大鍛冶場から槌音が響き、ハルシュタットの金属加工品を満載した荷車が絶え間なく行き交っていた。


「冬の間の損害報告、および物資の最終検収が完了いたしました」


ルークが厚みのある帳面を静かに机の上に置いた。


「例年であれば、寒波による補修費や食料不足による救済費用で大幅な赤字を計上する時期ですが……今期は他地域との相互流通により、支出を前年比四割削減。さらに加工品の輸出による純利益が過去最高を更新しました」


「冬を越して利益が増えるなんて、これまでの北領では考えられなかったことね」


私が帳面の数値を指で辿ると、ルークは眼鏡の端を小さく押し上げた。


「特筆すべきは、原料のまま消費するのではなく、北領内で『二次加工』を施して出荷するラインが完成したことです。カルナ村の石炭で火力を担保し、ハルシュタットの鉄を鍛え、高価値な農具や建築資材として周辺領地へ売り出す。原料を買い叩かれる側から、価値を付加して供給する側へ完全に転換しました」


単なる物資の融通にとどまらず、地域全体が一つの巨大な生産プラントとして機能し始めたのだ。


そこへ、ノックの音とともにマルクが姿を現した。その表情には、商人の血が騒いで隠しきれないといった笑みが浮かんでいる。


「リーゼロッテ様、ルーク殿。面白い現象が起きておりますよ」


「面白い現象?」


「ええ。王都の財務庁が手を引いた噂が広まった途端、これまで様子見を決め込んでいた周辺の中小領主や民間商人が、ぞくぞくと『北部標準規格』への参加を打診してきているのです」


マルクは懐から何枚もの書状を取り出し、机の上に並べた。


「王都の不当な圧力を跳ね返した実例と、度量衡や品質が統一された取引の利便性……。彼らにとって、旧来の王都系業者に搾取され続ける理由がなくなったのですよ。『北領の規格に合わせるから、うちの特産物も流通網に乗せてくれ』と、向こうから頭を下げてきています」


「力で囲い込んだわけでもないのに、向こうから寄寄ってくる……理想的な広がり方ね」


私は書状の一枚を手に取り、そこに押された見慣れない領主印を見つめた。


強制された支配は不満を生み、いずれ内部から壊れる。だが、利害の一致と透明なルールによって生まれた結びつきは、外からの圧力が加わるほどに固く結束していく。


「ですが、リーゼロッテ様」


アルフレッドさんが静かにお茶を注ぎ直ししながら、穏やかな、しかし引き締まった声で言った。


「経済網が広がれば広がるほど、それを管理・統制する責任も増してまいります。北領はもはや、一地方の貧小領地ではなく、北部全体の命脈を握る中心地になりつつございます」


「ええ、分かっているわ」


私は立ち上がり、壁の地図に目を向けた。


点から始まった改革は線となり、面となり、今や大きなひとつの「勢力」として立ち上がりつつある。王都の中央貴族たちも、もはや一査察官の嫌がらせ程度では済ませられない規模になっていることを自覚しているはずだ。


「守るための防壁は整った。これからは、広がった網をどう維持し、どう育てるかの段階に入りわね」


「準備はすでに進めております」


ルークが手帳の新しいページを開き、静かに私を見つめた。


「次の局面へ進みましょう、リーゼロッテ様」


春の光が差し込む執務室で、私たちは次なる時代を見据え、確固たる一歩を踏み出そうとしていた。

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