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「お前は口減らしだ」と婚約破棄された私が、前世の知識で領地を最適化したら、なぜか全員に溺愛されています  作者: 秦江湖


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第90話 人々の復調

数日前まで凍てついていた村の朝が、劇的に変わりつつあった。


薄暗い霧が漂う山あいの集落。だが今、立ち並ぶ家屋の煙突からは、白く力強い煙が幾本も一直線に空へ昇っている。


「おはようございます、リーゼロッテ様!」


広場を通りかかると、北領の厚手な防寒布を羽織った小さな少女が、弾んだ声で頭を下げた。手には温かなスープの入った木椀が握られている。青白く痩せこけていた頬には健康的で淡い朱が差し、その瞳にははっきりと生気が宿っていた。


「おはよう。暖かくして過ごせているかしら?」


「はい! ルーク様たちが直してくれた壁のおかげで、家の中がすごく暖かくて……昨日から、お父さんもちゃんと横にならずに歩けるようになりました!」


少女は嬉しそうに微笑むと、跳ねるような足取りで自分の家へと戻っていった。


村の中を歩けば、どこからか薪を割る快い音や、朝食を準備する笑い声が聞こえてくる。北領から持ち込んだ保温資材と簡易ストーブ、そして何より「明日食べるものがある」という安心感が、絶望の淵にあった人々の肉体と精神を急速に蘇生させていた。


村の広場脇に設けられた選別作業場では、ライナーをはじめとする男たちが熱心に集まっていた。


「ライナーさん、朝から随分と熱が入っているわね」


声をかけると、ライナーが汗の浮かんだ顔を上げて振り返った。その手には、黒く輝く石炭の塊と、小さな槌が握られている。


「リーゼロッテ様、ルーク殿! ちょうど良いところに」


ライナーは誇らしげに、綺麗に三つの山に分けられた石炭を指し示した。


「教えていただいた索道のおかげで、運び出しに余裕ができました。だから浮いた時間で、運ぶ前に石炭の『選別』を始めてみたんです。硬くてすすの少ない一番上質なものと、家庭用のもの、それに不純物の多い端材に分けています」


ルークが眼鏡を押し上げ、選別された石炭に近づいた。指先で表面の結晶を確かめ、小さく感心したように頷く。


「……不純物を現場で取り除けば、輸送重量のロスが削減され、北領での精製コストも落ちます。指示を出したわけではないのに、ご自分で気づかれたのですか」


「ええ」


ライナーは恥ずかしそうに苦笑しながらも、真っ直ぐな瞳で答えた。


「俺たちは最初、ただ命を助けてもらうために、北領の奴隷にでもなる覚悟で直訴しました。でも……あんたらは俺たちを対等な『商人』として扱ってくれた。食料や資材を『施し』として投げて寄越すんじゃなく、俺たちの仕事の対価として渡してくれた」


ライナーは固い石炭の塊を握りしめた。


「だったら、俺たちも甘えてばかりはいられない。北領から届く上質な小麦粉や資材に見合うだけの『一番良い炭』を返したいんです。『助けられるかわいそうなカルナ村』じゃなく、『北領に最高の燃料を納めるカルナ村』として、胸を張って取引がしたい」


その言葉に、後ろにいた村の若者たちも大きく頷いた。


かつて彼らの顔に張り付いていたのは、奪われ続けることへの怯えと諦めだった。だが今、彼らの表情にあるのは「自分の手で稼ぎ、生活を良くしていく」という労働者の矜持だ。


「……素晴らしい姿勢です」


ルークが手帳を開き、素早くペンを走らせた。


「選別の基準を標準化しましょう。品質に応じた三段階の買い付け評価基準を作成します。一番上の等級に関しては、当初の契約レートよりも一割高い評価で買い取らせていただきます」


「一割も!? いいんですか、ルーク殿!」


「妥当な評価です。品質の向上は北領側にとっても大きな利益を生みますから。努力と工夫がそのまま手元に残る対価に反映される……それが健全な取引というものです」


ルークの言葉に、ライナーたちの顔が一瞬でパッと明るくなった。


「よし……! 野郎ども、聞いたか! 丁寧に選別すればするほど、村に入ってくる食料も建材も増えるぞ!」


「おうっ!!」


活気に満ちた歓声が、冬の澄んだ山空に響き渡った。


「与えられる支援」から「自分たちで稼ぐプライド」へ。


知恵と正当な仕組みが与えられた時、人間が本来持つ力強さがどれほど見事に芽吹くのかを、私は目の前の笑顔の中に確かめていた。

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