↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「お前は口減らしだ」と婚約破棄された私が、前世の知識で領地を最適化したら、なぜか全員に溺愛されています  作者: 秦江湖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
89/308

第89話 燃料と食料の循環

温かいスープと防寒資材が行き渡り、村人たちの顔に生気が戻り始めた翌朝、ルークと私はライナーの案内で村の裏手に広がる採掘場へと向かった。


岩肌から顔を覗かせる黒々とした炭層は、陽の光を浴びて鈍い光沢を放っている。質・量ともに申し分のない鉱脈だった。だが、そこに立つ村人たちの作業風景は、お世辞にも効率的とは言えなかった。


「……なるほど。採掘そのものよりも、搬出工程に著しいボトルネックが存在していますね」


ルークがメモ帳に素早く勾配の図を描き込みながら言った。


村人たちは急斜面の細い山道を、背負い籠に詰めた重い石炭を担いで徒歩で往復していた。足元は凍てつき、一度に運べる量はわずか。下山するだけで体力を削り取られ、作業効率を大幅に低下させていたのだ。


「これまでは、王都の業者から督促されるまま、ただ力任せに運ぶしかありませんでした……」


ライナーが申し訳なさそうに頭を比べる。


「大丈夫よ、ライナーさん。採掘の手順を少し整えるだけで、皆さんの負担は劇的に減るわ」


私が頷くと、ルークが荷車から丸太と滑車、そして太い麻縄を取り出させた。


「山頂の採掘場と麓の集落の間に、簡易的な傾斜索道けいしゃさくどうを掛け出します。木製の滑車と交互に動く二つの籠を縄で繋ぎ、重力を利用して石炭を下ろす仕組みです」


ルークは手際よく地面に簡単な構造図を描いて見せた。


「石炭を載せた籠が滑り下りる重量を利用して、反対側からは空の籠が自動的に引き揚げられます。人が重い荷を担いで山道を往復する必要はありません」


「そんな……ロープと箱だけで、荷物が勝手に下りてくるというのか!?」


ライナーが目を見張る。


北領の職人たちと村の若者が協力し、わずか数時間で傾斜索道が組み上がった。山上の採掘場で黒々とした石炭が籠に積み込まれ、固定を外されると、ガラガラと滑らかな音を立てて木製スライダーの上を籠が勢いよく滑り下りてきた。


麓に届いた石炭を見て、歓声が上がる。これまで大人数で半日かけて運んでいた量が、ものの数分で安全に集落へと運び込まれたのだ。


「素晴らしい……! これなら、体力をすり減らさずに何倍もの炭が運べる!」


「これまでの作業量を『10』とすると、この仕組みにより搬出能力は『40』まで引き上がります。必要な労働力は半分以下です」


ルークは眼鏡の端を押し上げ、計算結果を淡々と告げた。


「そして、ここからが本題です。ライナーさん」


ルークは手帳の新しいページを開き、ライナーと私に見えるように提示した。


「本日運び出された石炭の重量に対し、北領が定める正当な買い付けレートを適用します。この石炭量であれば、北領から提供する今週分の小麦粉五十キロ、塩、および補修用建材の対価と完全に相殺されます」


「相殺……? 俺たちが掘ったこの石炭で、さっきの食料や資材の代金が払えているということか?」


「ええ、その通りです」


私はライナーの目を見つめて微笑んだ。


「これは支援でも施しでもありません。カルナ村の皆さんが汗を流して産出した価値ある石炭と、北領の食料との正当な『取引』です。返済の繰り延べ分を除いても、十分な余剰が生まれますわ」


ライナーは手帳に記された明確な数字と、目の前に積まれた石炭を何度も見比べた。


これまで彼らにとって労働とは、「どれだけ働いても奪われ、手元には何も残らない絶望」と同義だった。だが今、自分たちが正当な技術で掘り出した炭が、家族を温める食料や服へと確実に姿を変える構造が、可視化されたのだ。


「俺たちの仕事に……俺たちの掘った炭に、ちゃんと価値があるんだな……」


ライナーの呟きに、周りの村人たちも力強く頷いた。その瞳から「搾取される恐怖」が消え、「己の腕で暮らしを立て直す」という誇りの火が灯っていた。


北領の持つ加工食料や資材と、カルナ村の持つ上質な燃料。

一方的な救援を超えた、持続可能な自立の循環網が、この極寒の山あいにしっかりと根を張り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。