第9話 最初の緑
「リーゼ様、リーゼ様! 大変です、早く来てください!」
種を撒いてから四日目の早朝。
まだ薄暗い館の廊下に、テオの叫び声が響き渡った。私は飛び起き、寝癖を直すのももどかしく、上着を羽織って裏庭へと走った。
菜園に着くと、テオと子供たちが柵にへばりつくようにして地面を凝視していた。
遅れて息を切らせたアルフレッドさんもやってくる。
「どうしたの、テオくん。そんなに慌てて」
「これ……これを見てくれよ!」
テオが泥だらけの指で指し示した先――
均一に整えられた土の表面から、ひょっこりと、小さな、けれど力強い、鮮やかな薄緑色の双葉が顔を出していた。
それも一つや二つではない。私たちが等間隔に開けた蒔き穴のあちこちから、一斉に小さな芽がリレーのバトンを繋ぐようにして、一列に並んで萌え出でている。
「出た……本当に芽が出た……」
テオが信じられないものを見るように目を見開いたまま、ぽつりと呟いた。その声は小さく震えている。
「そんな……この不毛の土地で、これほど見事な発芽など、過去に一度も……」
アルフレッドさんも、普段の冷静な仮面を完全に崩して硬直していた。
私は土の前にしゃがみ込み、そっとその柔らかな双葉に指先を近づけた。
(最適化、起動)
【対象:家庭菜園・第一工区(蕪の幼苗)】
【状態:極めて良好。発芽率92%を達成】
【主要課題:なし。今後の乾燥に備え、定時・定量の給水を推奨】
【最適化プラン:現段階での間引きは不要。このまま本葉の展開を待つ。必要魔力量:――】
「よし、予定通りの発芽率ね。バグはなし」
私は立ち上がり、パチンと衣服の泥を払った。
「テオくん、約束通り芽が出たわよ。これでこの畑は、あなたたちの遊び場じゃなくて、私たちの『第一生産拠点』に決定ね」
「……っ、ああ、分かったよ! 俺たちの負けだ!」
テオは顔を真っ赤にしながらも、その表情には悔しさではなく、弾けるような喜びが満ちていた。
「なぁ、リーゼ。これ、これからどうすればいいんだ? 水、もっとたくさん撒けばいいのか?」
「ダメよ、水のやりすぎは根腐れを起こすわ。これからは朝と夕方、決められた量をみんなで決まった時間に撒くの。これを『定時定量オペレーション』と呼びます」
「ていじ……ていりょう……?」
「要するに、ルールを守って大事に育てましょってこと。テオくん、あなたをこの菜園の『現場リーダー』に任命するわ。みんなのシフト管理、お願いできる?」
「し、しふと? よく分かんねえけど、俺がこの畑を見張ってればいいんだな! 任せろよ!」
テオは胸を張り、仲間たちに向かって「おい、みんな! 水汲みに行くぞ!」と号令をかけた。子供たちは嬉々として、昨日まで嫌がっていた井戸へと走っていく。
彼らの後ろ姿を見送りながら、アルフレッドさんが静かに私の隣に並んだ。
「お嬢様……いえ、リーゼロッテ様。失礼ながら、あなたは一体何者なのでございますか。灰を撒き、帳簿を直し、今度は頑なだった子供たちの心まで一瞬で変えてしまわれた」
「ただの、無駄を削るのが得意な元令嬢よ」
私は悪戯っぽく微笑んだ。
「でも、これはまだ小さな家庭菜園の成功例に過ぎないわ。本番はここからよ、アルフレッドさん。この仕組みを、次は領地全体の大きな畑へと拡大していくわよ」
小さな緑の芽が、朝日を浴びてきらきらと輝いていた。
口減らしと言われた私の、これが反撃の第一歩だ。




