第8話 三日後のカウントダウン
「お嬢様、約束の三日目でございます」
朝、アルフレッドさんが静かに私の部屋の扉を叩いた。
「分かっているわ。準備は万全よ」
私はすぐにベッドから飛び起き、実用的で動きやすい質素なドレスに着替えた。この三日間、ただ待っていたわけではない。館の倉庫の隅で見つけた、カビの被害を免れた蕪の種を「最適化」魔法で一粒ずつ選別し、最も発芽率の高い『優良ロット』だけを揃えておいたのだ。
菜園に向かうと、驚いたことにすでに先客がいた。
テオと、その仲間たちだ。彼らは柵の向こう側で、腕を組んでこちらをじっと睨みつけている。
「本当に来たんだな、王都のへなちょこ令嬢」
「約束だもの。おはよう、テオくん。良い返事をもらいにきてくれたの?」
「フン、どうだか。土がちょっと柔らかくなったくらいで、芽が出るわけないって言いに来たんだよ」
テオは強がっているけれど、その目は三日前と違って、畑の土壌をじっと観察するように動いている。
私は微笑みながら柵を越え、耕された土の前に膝をついた。
手のひらで触れると、土はほんのりと温かい。木灰による酸度中和が完全に定着し、土壌の中の微生物が呼吸を始めている証拠だ。
(最適化、起動)
【対象:家庭菜園・第一工区】
【状態:播種に最適な土壌環境を検知。水分量、PH値ともに良好】
【最適化プラン:深さ約一センチの蒔き穴を作り、三粒ずつ点蒔き。必要魔力量:極小】
「よし、業務開始ね。アルフレッドさん、種を」
「こちらに」
アルフレッドさんが差し出した袋から、私は一粒ずつ丁寧に種を取り出し、等間隔に開けた穴へと落としていく。
その手元を、テオたちが息を呑んで見つめていた。彼らにとって、種を撒くという行為は「どうせ失敗する絶望の儀式」だったはずだ。それを、私が鼻歌交じりに、まるで楽しい仕事であるかのようにこなしていくのが奇妙に映るのだろう。
「テオくん、あなたも一列やってみる?」
「なっ……俺は遊んでるだけだ!」
「作業効率を上げるには、人員の適切な配置が必要なの。ほら、ここからここまで、同じように種を置いて優しく土をかけて。あなたの鋭い目は、きっと細かい作業に向いているわ」
「……っ」
テオは一瞬、嫌悪感を露わにしたが、私の真剣な目を見て、ふいっと視線を逸らした。そして、渋々といった様子で柵を乗り越え、私の隣にしゃがみ込んだ。
「……こうか?」
「そう、完璧よ。筋が良いわね、テオくん」
「うるさいな。失敗したって俺のせいにすんなよ」
泥に汚れるのも構わず、小さな手で丁寧に土をかけていくテオ。その姿を見て、仲間の子供たちもそわそわと畑に入り込んできた。
「俺もやる!」
「私も!」
「はいはい、一人一列ね。ラインを乱さないように」
気がつけば、あれほど不毛だと言われた荒れ地は、子供たちの賑やかな声で満たされていた。
全ての種を撒き終え、じょうろで水を均一に注ぐ。
私は立ち上がり、腰に手を当てて満足げに畑を見渡した。
「これで仕込みは完了よ。あとは数日待つだけ」
「本当に……芽が出るのか?」
テオが泥のついた顔を見上げて聞いてくる。その瞳からは、もう最初のトゲは消え失せていた。
「出るわ。私の計算に、バグ(間違い)はないから」
私は自信たっぷりに笑ってみせた。
実家から「口減らし」と捨てられた私が、この地に最初に撒いた希望の種。これが芽吹く時、この領地の本当の改革が始まるのだ。




