第74話 固く閉ざされた土を解く
バドは差し出された私の手と、包帯が巻かれた自分の足首を交互に見つめた後、深く息を吐き出した。
「……あんたら、本当に奇妙な奴らだな」
がっしりとした手が、私の手を力強く握り返してくる。
「分かった。騙されたと思って、あんたらのやり方を試させてくれ。ただし……俺たちにも作業をやらせてくれ。ただ恵んでもらうだけじゃ、王都の奴らと変わらん」
「もちろんですわ」
私は微笑み、後ろの仲間たちに振り返った。
「テオくん、ルーク。さっそく現場の区画整理と作業手順を組みましょう」
「おう! 任せとけ!」
テオが馬車から大きなスコップや鍬を下ろし、待機していた村の男たちへ手際よく渡していく。最初は様子を伺っていた村人たちも、バドの呼びかけを受けて少しずつ集まってきた。
作業はまず、固まりきった圃場の水はけを戻す「暗渠掘り」から始まった。
「ただ溝を掘るだけじゃないぞ!ここが地中の水路になるんだからな!」
テオが汗を拭いながら、力強く地面にスコップを突き立てる。
「幅は三十センチ、深さは五十センチ。掘った溝の底に粗めの石と枝を敷き詰めてから土を戻すんだ。これで雨が降っても水が中に留まらず、脇へ抜けていく」
「そんなことで……本当に土が変わるのか?」
疑い深そうに尋ねる若者に、ルークが図面を描いた板を見せながら淡々と説明を重ねた。
「土の中に空気と水の通り道を作るのです。毛細管現象が改善されれば、根腐れを防ぎ、微生物が活性化します。根拠のないおまじないではありません。物理と生物の単純な原則です」
村人たちは首を傾げつつも、指示通りに溝を掘り進めていった。
一方で、私とエレナは村の女性たちと共に、北領から持ち込んだ腐葉土のすき込み作業に入った。粘土質の土に腐葉土を均一に混ぜ合わせると、カチカチだった黒土が、まるで焼き立てのパンのようにふんわりとした手触りに変わっていく。
「見て……土が柔らかくなってるわ!」
腐葉土を混ぜていた女性の一人が、驚きに満ちた声を上げた。
「手のひらで丸めてごらんなさい。強く握れば固まるけれど、指で突けばほろりと崩れるでしょう? これが、作物の根が伸びやすい『団粒構造』よ」
私が実演してみせると、女性たちは感心したように自分の手の中の土を見つめた。
「今まで俺たちがやってたのは……土を痛めつけてただけだったのか」
バドが不器用な手つきで柔らかくなった土を握り締め、ぽつりと呟いた。
「知識がなかっただけよ。正しく手を加えれば、土地は必ず応えてくれるわ」
昼過ぎには、荒れ果てていた区画の一角が見違えるような状態に整えられた。風が吹き抜けても、もう砂塵が舞い散ることはない。土が適度な湿り気と空気を含み、生きた黒色を取り戻していた。
作業を終えた村人たちの顔からは、朝方の硬く張り詰めた警戒心が消え、確かな手応えと疲労感が混ざり合った穏やかな表情が浮かんでいた。
「これで……本当に冬を越せる作物が育つんだな?」
バドの問いかけに、ルークが眼鏡の位置を正しながら静かに頷いた。
「ええ。明日は耐寒性のある大麦の種まきと、発芽率を高めるための保温管理に入ります。計画通りに進めれば、来春には十分な収穫が見込めます」
「ありがとよ……北領の領主様、それにあんたたちも」
バドが頭を下げると、後ろの村人たちも続いて深々と礼をした。
拒絶の壁は破られた。だが、これはまだ「土を耕した」だけに過ぎない。
この地に自立の芽を根付かせるための本当の作業は、ここから始まろうとしていた。




