第69話 無礼な密使と一蹴
広場が最高の熱気に包まれていたその時、雰囲気を容赦なく打ち壊す尊大な声が響き渡った。
「――リーゼロッテ・フォン・アルテハイムはおわすか!」
歌声と歓声が瞬時にやみ、広場に重苦しい静寂が走る。
集まった領民たちが不快そうに視線を向ける先には、王宮の豪暮な紋章を誇らしげに掲げた男――カイウス王子の密使が立っていた。
使者は周囲の領民たちを虫ケラでも見るような目で見回すと、手にした羊皮紙を大げさに広げた。
「カイウス殿下より直々の『お慈悲』である! 『お前が北領で積み重ねた反省と成果を認め、追放を撤回してやる。直ちに王都へ戻り、以前のように我が側でその手腕を振るうがいい』とのことだ!」
使者は自慢げに胸を張り、私に向かって高圧的に書状を突きつけた。
「さあ、有難く受け取るがいい! 追放が解かれ、再び王都の華やかな世界に戻れるのだぞ!」
あまりの図々しさと、現状を一切理解していない時代錯誤な自己中心さに、その場の全員が呆れ果てて言葉を失った。
一瞬の沈黙を破ったのは、ルークの冷ややかな失笑だった。
「ハッ……申し訳ありません。あまりにロジックが破綻した、お粗末な文章でしたので、思わず笑ってしまいました」
「お、お粗末だと!!」
ルークが静かに前に出ると、眼鏡の位置を直し、氷のように冷徹な瞳を使者に向けた。
「我が北領は王室からの援助を一切受けず、完全な自立を果たした独立経済圏です。追放を『撤回してやる』などという前提条件そのものが成立しません。カイウス殿下の自己満足な妄想を文書化して持ち込まないでいただけますか?」
「な、なんだと……ッ!? 控えよ無礼者!」
真っ赤になって怒鳴る使者を静止し、私はルークの隣に並んだ。使者の手から、密使の書状をあっけなく取り上げる。
「カイウス王子からの手紙……ね」
さらりと目を通すと、そこには失笑するしかない自惚れと身勝手な都合が書き連ねられていた。
「もう一度私の側に戻り、王都のために尽くせ……か。ふふ、冗談は顔だけにしてほしいわね」
私は迷いなく、その手紙を目の前でふたつに破り捨てた。
破片が風に乗って、虚しく舞い散る。
「ひっ……!? 王室の書状を破り捨てるとは、正気か!?」
「正気よ。伝えるなら、こうカイウス王子に伝えなさい」
私は青ざめる使者をまっすぐに見据え、冷徹で美しい笑みを深めた。
「『不要品』として捨てられた私は、もうあなたの手の届かない場所へ行きついたわ。私たちの北領には、あなたたちの入り込む隙間なんて1ミリもない――とね」
「くッ……後悔するぞッ!」
テオと自警団が一歩前へ踏み出すと、重圧に耐えかねた使者は悲鳴を上げて逃げるように街を去っていった。
不快な害虫を追い払った広場に、領民たちから地鳴りのような歓声が巻き起こった。




