第66話 王都の焦燥と浅知恵
王都・王宮の広間では、夜ごと催される夜会も、どこか重苦しい空気が漂っていた。
「……また北領のハーブティーと革製品の話題か」
第二王子カイウスは、手にしたグラスを指先で強く握りしめた。
貴族たちの間では、今や北領の特産品や洗練されたブランディングが最大のトレンドとなっていた。
かつて寒村と嘲笑された最果ての地が、王国北部の経済を牽引する巨大な拠点へと変貌を遂げ、王都の貴族たちすらもその富と成果に熱視線を送っている。
そして、その成功の中心にいるのが、自ら「不要品」として打ち捨てた元婚約者、リーゼロッテ・フォン・アルトハイムであるという事実が、カイウスの自尊心を激しく逆撫でしていた。
(何かがおかしい……。あのような女に、これほどの成果を出せるはずがないのだ)
カイウスの周囲の状況は、日増しに悪化していた。
リーゼロッテを追放した後の王都の内政は停滞し、関税収入の減少と相まって財政は逼迫。
宮廷内ではカイウスの手腕を疑問視する声が日増しに大きくなり、国王や高官たちからの視線も冷ややかさを増していた。
「カイウス殿下、少々よろしいでしょうか」
側近の男が静かに歩み寄り、声を潜めて耳打ちした。
「伯爵家経由での干渉も、法律上の理由から完全に阻まれました。……これ以上、無理に北領へ圧力をかければ、かえって王室の不名誉となりかねません」
「ええい、使えぬ奴らめ!」
カイウスは吐き捨てるように呟いた。
伯爵家も、不当要求を突きつけた使者も、何ひとつ役に立たなかった。このままでは自分の立場が危うくなる一方だ。
だが、焦りに焦りを重ねたカイウスの頭の中に、ひとつの「極めて都合の良い名案」が閃いた。
(……そうだ。なぜ気づかなかったのだ)
カイウスの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
(あいつが北領でこれほどの成果を出せたのは、元はと言えば私が追放という厳しい環境を与えてやったからだ。私の『試練』があったからこそ、あいつの才能が開花したのだ)
歪んだ自己正当化は、一度始まると止まらない。
(あいつはかつて、私の婚約者だった。どれほど冷たく扱おうと、私を追いかけていたのだ。今でも心の底では、私に認められたいと願っているに違いない)
カイウスは急ぎ執務室へ戻ると、高級な羊皮紙と王室の蝋印を用意させた。
「追放を解いてやり、『もう一度私の側に戻り、王都のためにその力を振るえ』と命じてやればどうだ? あいつは泣いて喜び、北領の富と成功を丸ごと持って私の元へ戻ってくるはずだ」
そうすれば、北領の経済圏はカイウスの管理下に入り、王宮内でのカイウスの評価は一気に跳ね上がる。失墜した立場を取り戻し、実質的な功績を独占できるのだ。
「フッ……素晴らしい計画だ。追放を撤回してやるのだから、あいつも私に感謝するに決まっている」
カイウスは自惚れに満ちた笑みを浮かべながら、勝手な復縁と帰還を命じる手紙を書き上げた。
「密使を立てろ。北領のリーゼロッテへ、この書状を直接手渡すのだ」
身勝手な欲望と浅はかな企みを込めた一通の手紙が、北領へ向けて放たれた瞬間だった。




