第65話 ここが私の帰る場所
感謝祭を翌日に控えた夕暮れ時。
西の空が茜色から深紫へと移り変わる中、提灯や花輪で彩られた北領の街並みは、柔らかい灯火に包まれていた。
すべての準備が整った中央広場を見下ろす高台に立つと、どこかから子供たちの笑い声や、仕込みを終えた大人たちの賑やかな話し声が風に乗って聞こえてくる。
「リーゼロッテ様、風が冷たくなってまいりましたよ」
温かいショールを肩に掛けてくれたのは、アルフレッドさんだった。後ろには、見回りを終えたルークとテオ、そしてエレナも並んでいる。
「ありがとう、アルフレッドさん。……本当に綺麗ね」
「ええ。お嬢様がこの地に降り立たれた日、ここには冷たい風と枯れた大地しかございませんでした。それが今や、このような温かな灯りが灯る街となりました」
アルフレッドさんが感慨深げに街を見つめると、テオが腕を組んで照れくさそうに笑った。
「最初にリーゼが来たときはさ、正直『王都から細いお嬢様が何しに来たんだ』って思ってたんだぜ。だけど、俺たちのために泥だらけになって、腹いっぱいの飯と明日への希望をくれた」
「そうですわ」と、エレナも私の隣に寄り添う。
「私にとっても、ここはただの避難場所ではなく、自分の手で居場所を作り上げることができた大切な故郷ですの。リーゼちゃんが手を取ってくださったから、今の私がいますわ」
ふと気づくと、高台の階段を上がってきたのは、老農夫のゴードンやマーサたち領民の代表者たちだった。
彼らは私を囲むように立ち、恐縮そうに深々と頭を下げた。
「リーゼロッテ様」
ゴードンが、働いて擦り切れた大きな手で帽子を胸に抱え、絞り出すような声で言った。
「王都では、お嬢様を『不要品』などと呼んで追い出したと聞きました。……ですが、この北領にとっては違います。お嬢様は、私たちに生きる希望と誇りをくださった神様のようなお方です」
マーサも瞳を潤ませながら、力強く頷く。
「どうか……どうかお願いでございます。ずっとこの北領にいてくださいまし。私どもの領主様は、一生リーゼロッテ様お一人でございます」
「ずっと、ここに……」
胸の奥から熱いものが込み上げてきて、視界がじんわりと滲んだ。
前世で私はいくら尽くしても代替可能な「歯車」として使い捨てられた。
今世でも、価値がないと決めつけられ、最果ての地に捨てられた。
けれど、いま私の目の前にいるのは、私という人間を心から必要とし、温かい眼差しで求めてくれる最高の人々だ。
「リーゼロッテ様」
ルークが私の側に静かに立ち、眼鏡の奥の瞳でまっすぐに私を見つめた。
「あなたの居場所は、もう誰にも脅かされません。僕たちも、この街も、すべてあなたと共にあります」
「……ええ」
私は溢れそうになる涙を指先でぬぐい、仲間たちと領民たちに向かって、心からの笑顔を浮かべた。
「仮初めの拠点でも、一時的な避難場所でもないわ。……ここが、私の本当の帰る場所よ。私はどこへも行かないわ。ずっと、あなたたちと共にここで生きていくわ」
私の言葉に、ゴードンたちが心底安心したように胸を撫で下ろし、晴れやかな笑顔を浮かべた。
茜色の空が静かな夜の帳に包まれていく中、街に灯るひとつひとつの明かりが、私の心に揺るぎない確信と自立の炎を灯していた。




