第64話 感謝祭の準備
領民主導による「感謝祭」の開催が決まってから、北領の街全体がこれまでにない温かい熱気に包まれていた。
中央広場では、テオ率いる自警団と若者たちが、木材を組んで特設のステージや屋台の骨組みを立ち上げている。
街道沿いの家々では、エレナが提案した色とりどりの花飾りや布飾りが吊るされ、一歩外へ出るだけで祭りの高揚感が伝わってきた。
「リーゼ! ここは俺たちに任せて、向こうの広場でも見てこいよ!」
広場で大きな丸太を一人で担ぎ上げながら、テオが汗を拭って笑いかけてくる。
「ありがとう、テオくん。でも、安全基準だけは怠らないでね。補強の留め具は二重にしてあるかしら?」
「へへッ、分かってるって! ルークに言われた通りの手順でガチガチに固めてるぜ!」
頼もしい返事を聞き、私は微笑みを浮かべながら露店街へと足を向けた。
そこでは、果物屋のマーサたちが楽しそうに特製の果実酒や料理の仕込みを進めていた。
私が近寄ろうとすると、彼女たちは慌てて手元の大きな布を被せ、いたずらっぽく笑った。
「あら、リーゼロッテ様! ここから先は当日までのお楽しみでございますの!」
「ふふ、ネタバレ厳禁というわけね。分かったわ、当日の楽しみに取っておくわね」
指示や管理をしなくても、人々が自ら考え、誰かの笑顔のために協力し合っている。
前世の効率重視のプロジェクトでは決して見られなかった「自発的な熱量」が、この街の至る所に満ちていた。
ふと領主館のテラスを見上げると、エレナとアルフレッドさん、そしてルークが何やら資料を囲んでコソコソと話し込んでいるのが見えた。
私と目が合うと、三人は弾けたように散り、何事もなかったかのようにすまし顔を作っている。
(……あからさまね。あの子たちまで何を企んでいるのかしら)
可笑しさを噛み締めながら館へ戻ると、執務室の前でルークが待っていた。
「おかえりなさいませ、リーゼロッテ様。街の準備状況はいかがでしたか?」
「ええ、完璧よ。私の出番がないくらい、みんな完璧に動いてくれていたわ。……それより、ルーク。あなたたち、私に内緒で何か進めていないかしら?」
私が少しジト目で問いかけると、ルークは眼鏡の位置を直し、微かに頬を緩めた。
「秘密保持契約に基づき、当日までの回答は差し控えさせていただきます」
「もう、あなたまでそんなことを言うの?」
「すみません。ですが、領民の皆様も、僕たちも、ただ純粋にあなたを驚かせ、喜ばせたいだけなのです」
ルークは私の目をまっすぐに見つめ、柔らかな声で言葉を重ねた。
「あなたはこれまで、北領のために、僕たちのために、ご自分の身を削って立ち続けてこられました。だからこそ……この日ばかりは『領主』としての重責を少しだけ横に置き、どうか心から祭りを楽しんでいただきたいのです」
「ルーク……」
「僕たちが、あなたの最高の笑顔をお守りしますから」
彼の言葉に宿る温かい優しさに、胸の奥がキュッと締めつけられる。
仲間たちの愛と、側にいてくれるルークの存在。
「……分かったわ。当日は素直に、みんなの甘やかしに乗っかることにするわね」
私が少し照れくさそうに微笑むと、ルークは嬉しそうに目を細めた。
感謝祭まで、あとわずか。
温かな期待に包まれながら、北領は最高の一日の準備を整えつつあった。




