第63話 領民たちの企み
北領の事業が軌道に乗り、伯爵家からの不当な圧力を跳ね返した数日後のこと。
「リーゼ! ちょっと時間あるか? 連れてきたい奴らがいるんだ」
執務室のドアを開けて顔を出したのはテオだった。
その後ろには、見覚えのある領民の代表者たち――農家の職長である老人のゴードンや、露店街の取りまとめをしている商人の妻・マーサたちが、少し緊張した面持ちで控えていた。
「どうしたの、テオくん? 何か現場でトラブルでもあったかしら?」
私が書類を置いて問いかけると、テオは「いや、逆だよ」と苦笑し、後ろの領民たちを促した。
「リーゼロッテ様、お忙しいところ申し訳ございません」
年長のゴードンが一歩前に出ると、深々と頭を下げた。手には使い込まれた羊皮紙が握られている。
「実は……領民一同で相談いたしまして、今度の満月の夜に、リーゼロッテ様をお祝いするための『感謝祭』を開催させていただきたいのです」
「私をお祝いする……感謝祭?」
予期せぬ言葉に、私は思わず目を見開いた。
「はい」とマーサが温かい笑みを浮かべて言葉を継ぐ。
「かつて飢えと寒さで絶望していた私たちに、温かいご飯と生きる希望をくださったのはリーゼロッテ様です。街が綺麗になり、子供たちが笑って学校へ通えるようになったのも、すべてお嬢様のおかげでございます」
「誰かに言われたからではありません。領民みんなで少しずつ出し合い、自分の手で準備をして、リーゼロッテ様に『ありがとう』を伝えるお祭りをやりたいのです。どうか……お許しいただけますでしょうか」
差し出された羊皮紙には、拙い文字でびっしりと書かれた領民たちの署名と、祭りの計画案が記されていた。
上からの命令や義務によるイベントではない。領民たちが自発的にアイデアを出し合い、感謝を形にしようとしている。
「素晴らしい企画ですね」
側にいたルークが羊皮紙を覗き込み、穏やかに目を細めた。
「予算の規模も各家庭の負担にならない範囲で計算されており、自主的なイベントとして極めて健全です。……何より、皆様の思いがこもっています」
「お嬢様、これほどの真心が寄せられることなど、滅多にあるものではございませんよ」
アルフレッドさんもお茶を注ぎながら、嬉しそうに目元を緩めている。
「私からもお願いしますわ、リーゼちゃん!」
エレナが楽しそうに手を叩いた。
「領民の方々の自立と団結の証でもありますもの。私にも、会場の飾り付けや余興のお手伝いをさせてくださらないかしら?」
「おう! 警備と広場の設営は自警団が完璧にやるから、リーゼは当日楽しみにしててくれよな!」
テオが胸を叩くと、ゴードンたち領民の顔にぱっと安堵と期待の表情が広がった。
自分の手で作り上げたシステムが、数字上の成果だけでなく、人々の心に確かな「感謝と愛着」として根づいている。
「……ええ、もちろんだわ」
胸の奥から湧き上がる温かい塊を噛み締めながら、私は力強く頷いた。
「みんなの真心、喜んでお受けするわ。最高の感謝祭にしましょうね」
「ありがとうございます、リーゼロッテ様!」
領民たちの晴れやかな歓声が、柔らかな陽光が差し込む執務室に響き渡った。




