第62話 二人の未来と秘めた初恋
不当な使者を追い返し、伯爵家からの干渉を完全に断ち切った北領には、再び穏やかで静かな時が流れていた。
夜の執務室。ランプの柔らかい光が落ちる机で、ルークが最後の書類を整えていた。
「王都側が法的に北領へ手出しできる余地は、これで完全にゼロになりました。今後どのような言いがかりをつけてこようと、すべて自動で弾き返せます」
「ありがとう、ルーク。あなたが完璧な防衛線を組んでくれたおかげで、何の憂いもなく事業に集中できるわ」
私は淹れ立ての温かいハーブティーを彼の前に置いた。
ルークは「ありがとうございます」と微笑み、眼鏡を外して軽く目元を拭った。眼鏡を外した彼の瞳は思いのほか柔らかく、ランプの光を映して深みのある輝きを帯びている。
「……リーゼロッテ様」
ふいに、彼が静かな声で私を呼んだ。
「何かしら?」
「王都にいた頃の僕は、自分以外の人間をどこか冷めた目で見ていました。数値や理論こそが正義であり、感情や人間関係などは非効率な雑音に過ぎないと」
ルークは手元のカップをそっと包み込むように触れ、感慨深さに満ちた吐息をついた。
「ですが、あなたと出会い、この北領で共に笑い、悩み、未来を組み立てていく中で……僕の人生は根底から変わりました。数字の向こう側に、こんなにも温かく愛おしい人々が存在することを知ったのです」
彼が視線を上げ、まっすぐな情熱を込めて私を見つめた。
「あなたという存在が、冷たかった僕の数値の世界に血を通わせてくれました。……僕は生涯をかけて、あなたを支え続けたい。単なる分析官としてではなく、一人のパートナーとして、あなたと共に歩みたいのです」
飾りのない、まっすぐで誠実な言葉。
胸の奥がキュッと甘く締めつけられ、体中に心地よい熱が広がっていく。
前世の社畜時代、私は誰かの期待に応えるだけの「便利な歯車」だった。今世でも「不要品」として価値を否定され、捨てられた。
けれど、目の前にいる彼は違う。私の成果だけでなく、私という人間そのものを対等に認め、隣で同じ未来を見つめてくれている。
(……ああ、そうか)
損益計算書にも、最適化のアルゴリズムにも出てこないこの熱の正体。
前世を含めた私の人生で、初めて芽生えた甘く尊い感情――それが「恋」なのだと、私はようやく自覚した。
「……私もよ、ルーク」
私は頬が熱くなるのを隠さず、静かに彼の目を見返した。
「前世でも今世でも、私はずっと一人で戦ってきたと思っていた。でも、あなたのいない未来なんて、もう私には描けない。……私にとっても、あなたは唯一無二のパートナーよ」
ルークの瞳が一瞬大きく見開かれ、やがて歓喜と愛おしさに満ちた表情へと変わった。
「リーゼロッテ様……」
彼がそっと重ねてきた手の体温が、深く胸に染み渡っていく。
理屈を超えた確かな絆と、胸の中に咲いた小さな恋心。
私たちは静かに手を握り合い、どこまでも続いていく二人の未来を、確かな確信とともに見つめていた。




