第6話 闇鍋帳簿の整理
「……これは、想像以上にひどい監査対象ね」
山積みにされた古い台帳を前に、私は思わず額を押さえた。
アルフレッドさんが持ってきた帳簿は、インクのシミや殴り書きで溢れ、ページごとに計算の辻褄が全く合っていなかった。前任の文官は、単に計算が苦手だったのではなく、意図的に数字を誤魔化して横領していた形跡さえある。
「申し訳ございません。私どもでは、どこから手をつければ良いのやら分からず……」
アルフレッドさんが申し訳なさそうにランプの芯を整える。
「いいのよ、アルフレッドさん。むしろ燃えてきたわ」
私はパチリと指を鳴らし、羽ペンを握り直した。前世で何度も立ち向かった、深夜の緊急決算業務に比べれば、まだ物理的な終わりが見えるだけマシだ。
(最適化、起動)
【対象:アルトハイム北領・過去三期分の財務台帳】
【状態:計算エラー多数、虚偽記載および隠蔽口座の存在(検知率84%)】
【最適化プラン:複式簿記の導入による数値の再集計、および不要な使途不明金のカット。必要魔力量:小】
視界に広がる水色の文字からエラー箇所を抜き出し、私は恐ろしい速度でペンを走らせていった。
現在の支出項目から、王都の商人に騙されて相場の三倍で買わされている不良債権や、実家への過剰な名目金を見つけ出し、容赦なくバツ印をつけていく。
「お嬢様、その……もの凄い速度ですが、お身体は大丈夫ですか?」
「平気よ。アドレナリンが出ているから」
ガリガリと小気味よい音が地下室に響く。
数時間後、私は数枚の羊皮紙に綺麗にまとめた『簡易バランスシート』をアルフレッドさんの前に提示した。
「これがこの領地のリアルな財務状況よ。まず、実家への名目金は今月で全額ストップ。それから、王都の穀物商との契約は即時解約ね。中抜きされすぎていて話にならないわ」
アルフレッドさんは提示された紙の数字と、私の顔を交互に見つめ、完全に絶句していた。
「これほどの複雑な計算を、道具も使わずに数時間で……? 実家では、お嬢様は一切の教育を受けさせてもらえなかったと伺っておりましたが」
「独学よ。無駄飯食いだと思われていたから、隠れて勉強する時間はたっぷりあったの」
嘘ではない。前世という名の、過酷なビジネススクールで叩き込まれたスキルだ。
「これで無駄な支出は最低限まで削れるわ。あとは、どうやって収入を生み出すかだけど……」
私が顎に手を当てて考えていると、地下室の階段をドタドタと駆け下りてくる足音がした。
現れたのは、若い使用人の少女だった。息を切らし、顔を真っ青にしている。
「ア、アルフレッド様! 大変です! 裏の菜園に、テオたちが乱入して……!」
「何だって?」
アルフレッドさんが顔を険しくする。
私はすぐに椅子から立ち上がった。
「現場へ行くわよ。せっかく仕込んだ土を台無しにされてたまるもんですか」
ペンを置き、私は階段を駆け上がった。手のひらのマメの痛みも、今は完全に忘れていた。




