第5話 特効薬は灰の中に
「本当にこの灰を撒くのですか?」
朝一番、アルフレッドさんはバケツに山盛りの木灰を抱え、不思議そうな顔で畑に立っていた。
「ええ、満遍なく全体に撒いてちょうだい。それが終わったら土と混ぜ合わせるわ」
私は残りの雑草を引き抜きながら指示を出した。
昨日突っかかってきた領民の男の子――テオという名前らしい――が、今日も遠くの茂みからこちらの様子を窺っているのが見える。相変わらず「何をしてるんだ」と言いたげな、不信感に満ちた目だ。
アルフレッドさんが言われた通りに灰を撒き、白っぽくなった地面を二人で耕していく。小柄な私の身体にとって、土をひっくり返す作業は拷問に近い。容赦なく体力が削られ、呼吸が浅くなる。
(はぁ、はぁ……効率化の前に、まずこの肉体を最適化したいわね……)
休憩を挟みつつ、なんとか予定の区画を耕し終えた。私は汗を拭い、泥のついた手で再び土に触れた。
(最適化、起動)
【対象:領主館裏・家庭菜園跡地】
【状態:酸度が中和され、適正値に接近。微生物の活性化が始まっています】
【最適化プラン:中和の定着まで三日間の休止を推奨。その後、腐葉土を混ぜて播種へ。必要魔力量:微小】
視界に表示されたデータを確認し、私は小さく息を吐いた。
「よし、第一フェーズはクリアね」
「お嬢様、これで本当に呪いが解けたと?」
アルフレッドさんが怪訝そうにスコップを立てる。
「呪いじゃなくて、ただの化学反応よ。この土地の土は酸性が強すぎて、植物が栄養を吸えなかったの。木灰はそれを打ち消すアルカリ性だから、これで土壌のバランスが整ったわ」
「あるかり……? 化学……?」
老執事は完全に処理落ちした顔で固まっている。前世のオフィスで、新しい会計ソフトの仕組みを説明した時の上司と全く同じ反応だ。
「まあ、三日後には分かるわ。アルフレッドさん、次は館の倉庫の在庫チェックをしたいの。この領地のリアルな財務状況を知りたいわ」
「……承知いたしました。案内いたします」
アルフレッドさんはまだ納得のいかない様子だったが、私の迷いのない態度に押されるようにして歩き出した。
館の地下にある薄暗い倉庫へ入ると、カビと埃の匂いが鼻を突いた。並んでいるのは、底の突いた木箱や、中身の干からびた樽ばかり。
「これが現状です。本家からの支援は途絶え、備蓄の穀物もあと一ヶ月持つかどうか……」
アルフレッドさんの声に、明らかな諦念が混じる。
(なるほど。完全なキャッシュアウト寸前の黒字倒産一歩手前、いや、最初から大赤字ね)
私は腕を組み、倉庫の空間全体を見渡した。
「アルフレッドさん、帳簿はある?」
「ございますが、前任の文官が夜逃げ同然で残していったもので、まともに整理されておりません」
「上等よ。ぐちゃぐちゃのデータを整理するのは、私の本業だから」
私は倉庫の隅で見つけた古い机に向かい、埃を払った。
実家や王太子が「口減らし」と捨てたこの場所で、私が最初に行うべきは、この領地の『経営再建計画』の立案だ。
ペンを握ると、不思議と手の痛みが消え、前世の社畜としての冴えが戻ってくるのを感じた。




