第52話 王都への波紋
王都・宮殿の執務室に、怒号と悲鳴にも似た報告が響き渡っていた。
「……何だと? 北領の流通量が前年比で十倍以上になり、王都の税収に影響が出ているだと!?」
豪華な執務机を叩きつけたのは、第二王子カイウスだった。その顔は不快感と焦燥で著しく歪んでいる。
手元の報告書には、最果ての極貧領地であったはずの北領に、周辺の商人や物資が一斉に流れ込んでいるという信じがたい数値が刻まれていた。
北領が設定した「低関税」と「整備された街道」の利便性に惹かれ、王都の重税を避ける商隊が軒並み北領ルートへ流出していたのだ。
「一体どういうことだ! あそこは飢えて衰退するはずの捨て場だろうが!」
「それが……追放されたリーゼロッテ様が、自ら道路を改修し、定期自由市場を開設したとのことで……」
側近が冷や汗を拭いながら報告を続ける。
「さらに、王都を追われた危険学者のルーク、没落したモルテール伯爵家のエレナを登用し、完璧な流通ネットワークを構築しております。アルテハイム伯爵家が介入を試みたものの、法的なロジックで返り討ちに遭ったと……」
「な……ッ!?」
カイウスは絶句した。
かつて自分の隣で「役に立たない置物」と見下し、冷酷に婚約破棄して追い出した女。
それが今や、王都の経済構造を揺るがすほどの巨大な独立経済圏を、自らの手でゼロから作り上げたというのか。
「あの女に、そんな才覚があるはずがない……! 何かの間違いだ!」
カイウスの叫びは、虚しく室内に響くだけだった。
かつて「不要品」として捨て去った存在が、いまや自分たちの足をすくうほどの脅威へと進化を遂げている。
王都の権力者たちが抱き始めたのは、かつての蔑視ではなく、底知れぬ恐怖だった。
――その頃、北領の領主館。
「王都でカイウス殿下や伯爵家が大騒ぎしているようですよ」
届いた知らせを前に、ルークが眼鏡の位置を直しながらクスリと笑った。
「そう。けれど、今更騒いでも遅いわね」
私はハーブティーを一口含み、手元の資料から目を離さずに素っ気なく答えた。
「北領の循環システムは、すでに完全な安定稼働に入っているわ。王都の時代遅れな権力争いに付き合っている暇はないの」
王都の激震など意にも留めず、私の視線はすでに、この地をさらに発展させる次なる成長フェーズへと向けられていた。




