第49話 絶縁宣告
領主館の応接室には、冷ややかな緊張感が漂っていた。
革張りのソファに深々と腰掛けているのは、伯爵家から派遣された執事長補佐の男だ。横柄な態度で足を組み、出されたハーブティーには目もくれず、私をあざ笑うような視線を投げてくる。
「リーゼロッテ様。伯爵様のお心遣いには感謝していただかなくては。無能ゆえに王都を追われたあなたに、再び本家の役に立つ機会を与えてくださったのですから」
男は羊皮紙の書状をテーブルに放り投げた。
「北領の帳簿と開発権をすべて本家へ移管する書類です。サインをしていただければ、王都の小さな別邸程度なら用意して差し上げますよ」
その物言いに、傍らに立つエレナの拳が震えた。だが、私は手で彼女を制し、優雅に書類を取り上げた。
「……なるほど。これが本家の要求ね」
私は書状をパラパラと捲り、冷ややかな笑みを浮かべた。
「では、私からも『ファクト』を提示させていただくわ。アルフレッドさん、例のログ(記録)を」
アルフレッドさんが静かに一歩前へ出ると、分厚い勘定簿をテーブルへ叩きつけた。重い音が室内に響く。
「な、なんだこれは……」
「過去三年間における、アルテハイム伯爵家から北領への支援実績ゼロの証明。および、私が北領へ赴任して以降に伯爵家から私的に送金された『ゼロ』の記録よ。加えて、北領の開墾およびインフラ整備にかかった全費用は、私の個人資産と領地独自の収益によって賄われているわ」
私は冷徹に事実(数値)を突きつけた。
「さらに、ルーク」
「はい」
ルークが進み出で、王都の法規集を開いて男に見せつけた。
「王都国法第十四条三項。国王陛下の命により下賜、あるいは流刑地として指定された領地の開発権・財産権は、名義人に完全に帰属する。伯爵家といえど、王命によって追放された領主の財産を一方的に差し押さえる権限はありません。これは明確な違法行為にあたります」
「くッ……! だが、親と子の情義というものがあるだろう! 育ててやった恩を忘れたのか!」
言葉に詰まった男が、見苦しく怒声を上げた。
「『育ててやった恩』?」
私は呆れたように短く息を吐いた。
「婚約破棄された途端に実家から追い出し、最果ての地に放置して冬の餓死を待っていたような真似をしておいて、今更『親』を名乗るなんて……冗談としては笑えないわね」
私は立ち上がり、伯爵家の要求書を男の目の前で真っ二つに引き裂いた。
「アルテハイム伯爵家との『親子関係』は、本日、この瞬間をもって完全に破棄させてもらうわ。二度と北領にその汚い足を足を踏み入れないで。次に不当な圧力をかけてきた場合、エレナの人脈とルークのデータを用いて、王都中の貴族に公爵家の違法行為を公開させてもらうから」
「な……ッ! き、貴様、正気か! 伯爵家を敵に回して、この最果てで生きていけると思うなよ!」
男は顔を真っ赤にして立ち上がったが、部屋のドアが勢いよく開いた。
「おい、威張った泥棒野郎。リーゼの命令が聞こえなかったのか?」
テオが、領内の若者たちを引き連れて立っていた。泥で汚れた作業着姿だが、鍛え上げられた体躯と眼光は鋭い。男は彼らの圧迫感に気圧され、青ざめた顔で後ずさった。
「失礼いたします。玄関まで排除、いや、ご案内いたしましょう」
アルフレッドさんが慇懃無礼に微笑み、出口を指差した。
男は引き裂かれた書類を拾い集めることもできず、捨て台詞を残して逃げるように去っていった。
過去の呪縛を断ち切った部屋に、静かな沈黙が訪れる。
私の手から落ちた羊皮紙の破片が、春の風に舞っていた。




