第46話 ハイエナたちの嗅覚
定期自由市場の開設を数日後に控え、北領全体がかつてない活気に包まれていた。
完成した街道を試運転の馬車が往来し、出店用の木製テントが整然と並べられていく。領民たちの顔には、かつて冬の飢えに怯えていた暗影は影を潜め、希望に満ちた笑顔が弾けていた。
そんな折、王都から一騎の伝令が到着した。
差出人の紋章を見た瞬間、アルフレッドさんの表情が氷のように冷たくこわばった。豪奢な金糸で刺繍された、アルテハイム伯爵家の家紋だ。
「……お嬢様。実家(本家)からの親書でございます」
受け取った書状を開き、目を通す。
羊皮紙に躍っていたのは、親としての情など微塵もない、高圧的で身勝手な文面だった。
『追放された身でありながら、伯爵家の名を用いて勝手な事業を行っているとの報告を受けた。北領のインフラ改修および市場開設による収益は、すべて本家へ納入せよ。また、今後の経営権は本家から派遣する代官へ譲渡し、お前は直ちに王都へ戻り、指示に従うべし』
要約すれば、「苦労して作った利益と事業を丸ごと寄こせ」という理不尽極まりない搾取要求だ。
「……なんなんですか、これは!」
内容を聞いたエレナが、激しさのあまり立ち上がった。
「リーゼちゃんが死ぬ思いで立て直した北領の成果を、横取りしようだなんて……! 王都でリーゼちゃんを冷遇し、最果てへ追い集めたのは彼らではありませんか!」
「おっしゃる通りです」
アルフレッドさんも静かに拳を握りしめている。
「当家はこれまで、北領へ一銭の支援も寄越しませなんだ。危機を乗り越え、利益が出る兆しが見えた途端にこれとは……あの方々の強欲さには呆れて開いた口が塞がりません」
「……あいつら、リーゼが困ってた時は無視してたくせに!」
テオも怒りを露わにし、ルークは冷ややかな目で羊皮紙を見つめていた。
「典型的なフリーライダー(タダ乗り)ですね。事業が軌道に乗った段階でリスクを取らずに参入し、利益だけを回収しようとする……最も質の悪いハイエナのやり口です」
みんなが怒りを募らせる中、当事者である私だけが、いたって冷静にハーブティーを一口飲んだ。
前世でもよく目にした光景だ。泥臭い立ち上げ期には見向きもせず、成功の兆しが見えた瞬間に親会社や上層部が手柄を奪いにやってくる。
「怒る価値もないわ。嗅覚だけは一人前のハイエナが、匂いを嗅ぎつけて寄ってきただけよ」
「リーゼちゃん、平気なの……?」
心配そうに覗き込んでくるエレナに、私は不敵に微笑んでみせた。
「平気どころか、むしろ好都合よ。過去の不要なリスク(血縁の呪縛)を完全に清算する、絶好のタイミングが向こうから飛び込んできてくれたんだから」
私は書状をゆっくりと折りたたみ、机の引き出しへと放り込んだ。
実家からの理不尽な要求。
だが、今の私には守るべき北領の仲間と、自らの手で作り上げた確かな実績がある。
かつてのように、ただ言われるがまま搾取されるだけのリーゼロッテ・ヴァルハイトは、もうどこにも存在しない。




