第42話 対等な絆
北領に来て数日、エレナは自分にできる役割を探して必死に動いていた。
しかし、書類の整理を手伝おうとしては古い羊皮紙を破りかけ、給仕をしようとしてはお茶をこぼしそうになる。
これまで王都の伯爵家で「飾られるだけの令嬢」として育てられてきた彼女にとって、実務の現場は未知の連続だった。
「ごめんなさい、リーゼロッテ様……。私、何もできなくて……」
夕暮れ時、館の小さなテラスで、エレナは肩を落として今にも泣き出しそうだった。
「自分を責める必要はないわ、エレナ」
私は温かいハーブティーを入れたカップを彼女の手に握らせ、向かいの椅子に腰かけた。
「誰もが最初から即戦力なわけではないの。それに、あなたは自分が『無能』だと思っているかもしれないけれど、私から見れば素晴らしい適性をもう持っているわ」
「私が……ですか?」
エレナが信じられないように目を丸くする。
「ええ。あなたは王都の最高級の衣料や装飾、貴族たちの最新のトレンドを日常として知っている。それは、北領の人間がどんなに金を払っても手に入らない、洗練された『美意識』というリソースよ」
前世でもそうだった。現場での泥臭い作業が得意な人間もいれば、商品の見せ方やデザインに長けた人間もいる。役割が違うだけなのだ。
「私ね、王都にいた頃は『カイウス殿下の隣に立つ置物』としてしか扱われなかったわ。役に立たなくなったら、ゴミみたいに捨てられた」
「……リーゼロッテ様」
「だから、あなたにも『何かの付属物』になってほしくないの。一人の人間として、自分の価値を発揮してほしい」
私の言葉に、エレナは息を呑んだ。
王都の貴族社会では、誰もが腹に一物を抱え、互いを踏み台にするための計算で動いていた。
心から信用できる友人など、一人もいなかった。
だが今、目の前にいるリーゼロッテは、落ちぶれた自分を対等な一人の人間として見つめてくれている。
「私……お友達なんて、一人もいませんでした。みんな、モルテール伯爵家の肩書に集まってくる人ばかりで……」
エレナの目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「でも、リーゼロッテ様は私自身を見てくださる……! こんなに温かくて、誇らしい気持ちになったのは、生まれて初めてです……!」
「だったら、今日からお互い『様』付けはやめましょう。ここでは身分の上下なんて関係ないわ。私をリーゼと呼んで」
「リーゼ……ちゃん?」
「ええ。よろしくね、エレナ」
私が手を伸ばすと、エレナはその手を両手でぎゅっと握り返した。
王都の虚飾に破れ、最果ての北領で出会った二人の少女。
追放された令嬢と、追放された元婚約者。
損得勘定も身分の壁もない、一生モノの「確かな絆」が、この夕暮れのテラスで静かに結ばれたのだった。




