第39話 胸のチクリ
ルークが加わったことで、道路整備の現場は目覚ましいスピードで動き始めた。
澄み渡る春空の下、街道では木杭が等間隔に打ち込まれ、テオたち農夫が手際よく土を削り出している。
「ルーク、ここの側溝の傾斜だけど、予定より三パーセントほど深く掘り進めた方が水持ちが良くなりそうよ」
「同感です。このあたりの粘土層は水を含むと膨張しますから、流速のパラメータを少し上げて泥を押し流す仕様に修正しましょう」
図面を挟んで並び立つ私とルークの会話は、完全に噛み合っていた。
前世のプロジェクト現場で、優秀なシステムエンジニアと仕様書の数値を詰めている時と同じ心地よいテンポだ。
「ふふ、さすがね。言いたいことが一で伝わるわ」
私が笑うと、ルークも照れくさそうに眼鏡の位置を直し、穏やかに微笑み返した。
♢
――だが、その光景を少し離れた場所から見つめる視線があった。
木杭を力任せに地面へ打ち込んでいたテオだ。額の汗を拭いながら、彼は手に持った大きな木槌を握りしめたまま、じっと私たちを見つめていた。
「(なんだよ、あの難しい話……)」
テオは現場の誰よりも力があり、土の質も天候の読みも体で知っている。
だが、リーゼとあの眼鏡の男が交わしている「パーセント」だの「パラメータ」だのという言葉の意味は、さっぱり分からなかった。
自分には入っていけない、二人だけの世界。
リーゼが楽しそうに笑うたび、胸の奥がチクリと小さく痛んだ。
命の恩人であり、どん底だった自分たちを救ってくれた絶対的なリーダー。
テオにとってリーゼは憧れそのものだった。
子供扱いされるのは嫌だったし、いつか彼女の隣に胸を張って立てるような「現場の男」になりたいと、密かに背伸びをしてきたのだ。
なのに、後からやってきたひょろっとした男が、あっさりと彼女の信頼を得て、自分には理解できない言葉で笑い合っている。
「……くそっ」
テオは吐き捨てるように呟き、木槌を一段と強く振り下ろした。鈍い音が響き、杭が深く土に刺さる。
「テオ殿」
ふいに背後から声をかけられ、テオは肩を跳ねさせた。振り返ると、アルフレッドさんが静かな眼差しで立っていた。
「……なんだよ、アルフレッドさん」
「打ち込みが深すぎます。これでは後で抜く際に苦労いたしますよ」
「あ……すまん」
テオは気まずそうに視線を泳がせた。老執事は責める様子もなく、テオの手元と、遠くで図面を囲む私たちを交互に見やった。
「お嬢様の描く未来は果てしなく広く、提示されるロジックは難解でございます。……ですが、それを行動に移し、現実の形として泥に塗れて作っているのは、他ならぬテオ殿や領民の方々なのですよ」
「……わかってるよ。でもさ」
テオは悔しそうに唇を噛み締め、アルフレッドさんを見上げた。
「俺、もっと賢くなりたい。字も、計算も……あいつみたいにリーゼの役に立てるようになりたいんだ。アルフレッドさん、今夜から俺に勉強を教えてくれよ」
その瞳には、幼い嫉妬を超えた、青くまっすぐな決意の光が宿っていた。
老執事は嬉しそうに目を細め、静かに頷いた。
「ええ、喜んで。お嬢様の補佐官として、厳しいカリキュラムをご用意いたしましょう」




