第38話 知性の共鳴
「僕の知識を……ここで?」
ルークは信じられないといった様子で私を見つめた。王都で「危険思想」と切り捨てられた己の学問が、まさかこんな最果ての地で求められるとは思ってもいなかったのだろう。
「ええ。北領の道路整備と水路の拡張、それに合わせた農地の区画整理。あなたの水理学と統計のデータがあれば、設計の精度は段違いに上がるわ」
私は机の上に北領の縮尺図を広げ、鉛筆を取った。
「現在の主要街道は雨が降ると粘土質の土が水を吸って泥濘化する。だから単に石を敷くだけじゃなく、下層に砕石と砂利の層を作り、傾斜を利用して側溝へ水を流す『多重構造』の道路にしたいの」
ルークがハッと息を呑み、前傾姿勢で図面を覗き込んできた。
「ちょっと待ってください。それなら側溝の勾配はどれくらいを見込んでいますか? この地域の平均降水量と土壌の保水力を考えると、少なくとも二度以上の傾斜をつけないと、途中に土砂が堆積して詰まりますよ」
「その通りよ。だからこそ、このポイントで既存の農業用水路と交差させて、流速を維持したまま自然排水する仕様にしたいの」
「なるほど……! なら交差点には小さな沈殿池を一つ挟みましょう。泥や砂利をそこに落とす構造にすれば、農地に泥が流れ込むのを完璧に防げます!」
ルークの瞳に、一気に知的な情熱の灯が宿った。
彼は私の差し出した鉛筆を受け取るやいなや、縮尺図の上に迷いのない手つきで正確な流速計算と補正線を描き加えていく。
現場のファクトを重視する彼の学術知と、システム全体の効率化を追求する私のロジック。
二つの思考が組み合わさった瞬間、設計作業は驚異的なスピードで進み始めた。
「すごい……! 僕が王都でいくら主張しても『前例がない』と一蹴された構造が、ここではこんなにも綺麗に組み上がる……!」
完成した設計図を見つめ、ルークの声が微かに震えていた。
「前例なんて、私たちが作ればいいのよ。システムは現場に合わせて最適化されるべきなんだから」
私がそう告げると、ルークは眼鏡の奥の目を丸くした後、心の底から晴れやかに笑った。
「……降参です、リーゼロッテ様。僕の知識でよければ、すべてこの北領のために使わせてください」
王都から追われた異端の青年学者。
彼という最高の技術パートナー(システムエンジニア)を得て、北領の大規模インフラ改革は、完璧なスタートを切ったのだった。




