第37話 王都を追われた学者
### 第37話「王都を追われた学者」
道路整備計画の第一段階として、私とアルフレッドさんは街道の測量を行っていた。
泥の深さ、勾配、周囲の排水路の位置をノートに記録し、最適な施工ルートを割り出していく。
「リーゼロッテ様、あそこにどなたか倒れておられます」
アルフレッドさんの視線の先、街道脇の薄暗い木陰に、一人の青年がうつ伏せで倒れていた。
着ている服は上質な仕立てのようだが、泥と擦り傷でボロボロだ。手元には、泥に塗れた分厚い革張りの手帳が固く握られている。
「生きてるわ。呼吸はある……テオくん、館へ運ぶのを手伝って!」
現場で作業中だったテオたちに手伝ってもらい、青年を館の客間へと運び込んだ。
手当てを終えて数時間後、青年はゆっくりと目を開けた。
「……ここは?」
「北領の領主館よ。街道で行き倒れていたところを保護したの。私はこの地の領主、リーゼロッテ・フォン・アルテハイム」
青年は体を起こそうとしたが、痛みに眉をひそめ、すぐに脱力した。
眼鏡の奥にある黒い瞳が、私とアルフレッドさんを警戒するように見つめる。
「……私の名前はルーク。ただの通りすがりの旅行者です」
「ただの旅行者が、王都の最高学府でしか使われない水理統計の専門手帳を持ち歩くかしら?」
私は彼の手元にあった手帳を軽く掲げて見せた。ルークの顔色が一瞬で変わる。
「それは……!」
「拝見させてもらったわ。見事な分析ね。貴族や大商人が流通と年貢の構造を利用し、小作農から不当に利益を搾取している構図が、完璧なデータで証明されている」
「……だったら、僕が何者かも察しがついているはずだ」
ルークは自嘲気味に息を吐き、視線を落とした。
「僕は中央貴族の三男だ。だが、指一本動かさずに貧農から搾り取った金で暮らす己の境遇が耐え難かった。だから農学や水利工学を修め、あの不条理なシステムを改めるべきだと論文を書いた。……結果はご覧の通りさ。身内にすら『危険分子』と見放され、利権を脅かされた連中に命を狙われて王都を追われた」
「だからこんな最果ての地まで逃げてきた、というわけね」
「笑うなら笑うといい。理想ばかり追い求めて、結局何も変えられず追われた愚か者だと」
悔しそうに拳を握りしめるルークに、私は静かに首を振った。
「笑うわけがないでしょう。現場のファクトを集め、構造的欠陥を正しく特定できた優秀なアナリストを、嘲笑う趣味はないわ」
「え……?」
不意を突かれたように目を見開くルークに、私は不敵に微笑んで見せた。
「ルーク様。あなたが王都で弾かれたのは、あなたの理論が間違っていたからではなく、相手が変化を恐れる老害だったからよ。――どうかしら、私のところでその知識を活かしてみない?」




