第34話 逆監査
「さて、こちらの整合性は証明されたわ。次はそちらのデータを拝見させてもらいましょうか」
私は呆然と立ち尽くすバルトの前に、数枚の新しい書類を並べた。
それはアルフレッドさんが目代の隠し部屋から回収していた、過去五年間の中央貴族との「裏取引」の写しだ。
「な、何ですかこれは……?」
「あなたが王都で誰の指示を受けて動いているか、という仕様書よ」
バルトが恐る恐る書類に目を落とした瞬間、彼の顔から完全に血の気が引いた。そこには、今回彼を派遣した中央貴族の派閥が、北領の貧困を利用して王都からの支援金を中抜きしていた詳細な金額と、今回の査察で「リーゼロッテの不正を捏造せよ」と命じた直接の指示内容が、完璧な時系列で記録されていた。
「こ、これは……私は、ただ上からの命令に従っただけで……!」
「分かっているわ。あなたは単に、悪質な不正を組み込まれた命令を実行しただけの端末デバイスに過ぎないってことくらい」
私はソファの背もたれに深く寄りかかり、冷徹に言い放った。
「不当な目的による直轄領への介入、および国家財政の横領加担。バルト様、このデータをそのまま王太子カイウス殿下と中央監査院へ『定例監査レポート』として送信したら、あなたの財務官としてのキャリアはどうなるかしら?」
前世の企業間交渉でも同じだ。横柄な態度でこちらの落ち度を探しにきた監査担当者に対し、相手の所属企業が隠蔽していた致命的なコンプライアンス違反を突きつける。これでパワーバランスは完全に逆転する。
バルトは書類を握りしめたまま膝を突き、ガタガタと震えだした。
「お、お許しください……! 私は、私はただ、財務官としての立場を守りたかっただけで……殿下を欺くつもりは……!」
「お嬢様、これほどの証拠があれば、即座に王都の憲兵隊を動かすことも可能でございます」
背後に控えるアルフレッドさんが、冷たい声で追撃の一手を刺す。その圧倒的なプレッシャーに、バルトは完全に戦意を喪失し、床に額を擦りつけた。
「頼みます、リーゼロッテ様! 殿下にだけは……殿下にだけはこの報告を行わないでください! 何でもします、何でも報告しますから……!」
「いいわ。ならば、あなたに新しい業務を与えるわ」
私は冷たく微笑み、怯える文官を見下ろした。
「王都へ戻り、カイウス殿下にこう報告しなさい。『北領の冬越しプロジェクトは完璧であり、不正は一切存在しない。リーゼロッテは領地を完全に掌握している』とね。あなたの優秀な知性で、最高のレポートを『今すぐ』作成してちょうだい?」
「は、はい……! 仰せの通りにいたします!」
こうして、王都から送り込まれた最初の脅威は、私のアカウント権限によって完全に書き換えられ、私たちの都合の良いメッセンジャーへと変貌したのだった。




