第33話 想定内のカウンター
アルフレッドさんの徹底した労務管理により、十分な睡眠を取った私のコンディションは万全だった。脳のデータ処理速度も完全に回復している。
「リーゼロッテ様! 大変な矛盾を見つけましたぞ!」
翌朝、執務室のドアを乱暴に開けて入ってきたバルトは、勝ち誇った顔で一枚の書類を突きつけてきた。その目は「ようやくバグを見つけた」というエンジニアのようにぎらついている。
「大麦畑の初期投資コストとして計上されている木灰の調達費用ですが、領民たちからの買い取り価格と、実際の支出総額の計算が合いません! これは明らかに二重帳簿、あるいは横領の証拠です!」
バルトの指摘に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。
もしこれが事実なら、私は領主としての信用を失い、詐欺罪で王都へ連行されることになる。
「横領、ですか。ずいぶんと威勢のいいバグ検知ね」
私はデスクで紅茶を優雅にすすりながら、慌てることなく微笑んだ。
「な、何を笑っているのですか! この数字の不一致をどう説明するつもりだ!」
「バルト様、あなた、木灰の『調達方法』に関する仕様書をちゃんと読んだかしら?」
私はアルフレッドさんに目配せをした。老執事は無表情のまま、一枚の業務フロー図を机の上に滑らせる。
「該当の木灰は、領民たちが自主的に家庭の竈から集めてきたものです。私たちはそれを現金ではなく、家庭菜園で収穫した蕪と、館で配給した温かいスープという『現物支給』で決済しています。当然、現金出納帳には記載されず、現物資産の移動として別口座で処理されていますわ」
バルトがハッと息を呑み、慌てて手元の帳簿をめくり直した。
「そ、そんなはずは……! しかし、それではスープの材料費の出所が――」
「それについては、先月私が削減した『王都の穀物商との不当な契約残高(不要コスト)』から全額補填されていますわ。バルト様、あなたの見ているデータは単一のキャッシュフローだけ。全体のシステムの連動性を理解していないから、そんな初歩的な計算ミスを起こすのよ」
前世でもよくいた。全体のアーキテクチャを理解せず、一部分のコードだけを見て「エラーだ!」と大騒ぎする新入社員だ。
「くっ……! あ、あり得ん……! このような複雑な資金還流の仕組みを、こんな最果ての地で、たった数週間で構築したというのか!?」
バルトは書類を持ったままガタガタと震え、額から冷や汗を流した。非の打ち所がない完璧なロジックの前に、彼が用意していた攻撃用のコードは完全に無力化されたのだ。
「これで分かったかしら? 私の北領冬越しプロジェクトには、一点の不正も、一円の計算ミスも存在しないわ」
私は立ち上がり、絶望する中央財務官を冷徹に見下ろした。システム監査はこれにて終了。次はこちらからのカウンターの番よ。




