第31話 王都からの「監査官」
北領が本格的な冬の白銀に包まれてから数週間。
大麦畑の種蒔きを終えた私たちは、アルフレッドさんの過去のデータを基に、館の断熱改修と薪の効率的な配給システムを稼働させていた。領民の三割が餓死するという最悪の予測は、事前のリスク管理によって確実に回避されつつあった。
そんな中、凍てつく街道を進んできた一台の馬車が、領主館の門をくぐった。
「リーゼロッテ様、王都より『特別監査官』と名乗る使者が到着いたしました。……それが、同行している兵の紋章を見る限り、王太子殿下の直属部隊のようです」
執務室に現れたアルフレッドさんの表情は険しい。先日の完璧すぎる報告書と、目代の不祥事ログの提出が、ついに王都の最高権力者を本格的に動かしたのだ。
「いいわ、通してちょうだい。中間報告へのフィードバックにしては、ずいぶんと大がかりな出張だけどね」
私は老眼鏡を外し、姿勢を正した。
応接室で待っていたのは、仕立ての良い冬物の外套をまとった、冷徹な目つきの若い文官だった。彼は私が入室しても礼をとることはなく、品定めするような視線を向けてきた。
「お初にお目に掛かります、リーゼロッテ様。王太子カイウス殿下より直々の命を受け、北領の臨時監査に参りました、中央財務官のバルトと申します」
バルトと名乗った文官は、挨拶もそこそこに、持参した鞄から私が送った報告書の写しを机に叩きつけた。
「殿下は、この書類に書かれた奇怪な図表と、あり得ない収穫予測数値について、その真偽を確かめるよう私に命じられました。失礼ながら……魔力も乏しく、王都で無能と評されていた貴女が、このような大がかりな虚偽申告で殿下の目を欺こうとは、浅はかにも程があります」
開口一番の全否定。前世でもよくいた、現場の泥臭い改善実績を認めようとせず、「前例がない」「自分の理解を超えている」という理由だけで虚偽扱いしてくる本社のエリート監査官だ。
「虚偽申告、ですか」
私は怒るどころか、思わず低く笑ってしまった。
「な、何がおかしいのですか!」
「いえ。数字というものはね、感情と違って嘘をつかないのよ。バルト様、あなたがその優秀な頭脳で私のレポートを理解できないのは自由ですが、現場のファクトを否定するなら、それ相応のカウンターデータを持ってきてもらわないと困るわ」
「な……ッ!」
バルトが顔を真っ赤にして絶句する。横で控えるアルフレッドさんが、私の徹底して冷徹な対応に、口元を隠して静かに歓喜しているのが分かった。
「そこまで言うならば、明日から領内のすべての帳簿、および大麦畑の現状を厳しく査察させてもらう! 少しでも数字に矛盾があれば、即座に王都へ報告し、貴女を詐欺罪で告発いたします!」
「ええ、どうぞご自由に。すべての記録は完璧に開示してあげるわ」
私は微笑んだ。
本社からの厳しいシステム監査。受けて立とうじゃない。私の構築した完璧なオペレーションに、一点の隙もないことを見せつけてあげるわ。




