第29話 冷徹なデバッグ
「離せ! 無礼者め、我々を誰だと思っている!」
地面に組み伏せられた工作員の一人が、なおも泥を吐きながら気勢を上げた。だが、その声は恐怖で微かに震えている。
私は冷たい目で彼らを見下ろし、横に立つアルフレッドさんに視線を送った。老執事は心得たように頷き、懐から一冊の真新しい手帳を取り出す。
「直轄領における夜間不法侵入、生産拠点の器物損壊未遂、ならびに先日の水源汚染に伴う損害罪。……お嬢様、すべて王国の法に照らし、現行犯として極刑、あるいは奴隷鉱山への終身刑を適用可能な案件でございます」
「な、何だと……!?」
アルフレッドさんが淡々と読み上げる法規に、男たちの顔から一気に血の気が引いていく。
「あなたたちの身分なんて興味ないわ」
私は冷徹に言い放った。
「私が関心があるのは、あなたたちという『バグ』を仕込んだ黒幕のデータだけよ。……さあ、選択肢をあげるわ。このままここで処理されて罪人として一生を終えるか、それとも雇い主の名前を吐いて、私の交渉材料になるか。どっちがいいかしら?」
前世のシステム障害対応でも同じだ。末端の作業員を責めても根本的な解決にはならない。ソースコードの根底にある、元凶のバグを特定して叩く必要がある。
男たちは互いに視線を交わし、恐怖に耐えかねたように、ついにガタガタと震えながら口を開いた。
「め、目代様だ……! 王都へ逃げ帰った目代様が、我々を雇った! この畑を潰せば、また穀物商との裏取引で大金が入るからと……!」
「……なるほど、やっぱりあの肥満体ね」
私は全てを察し、小さく息を吐いた。
領民たちの間に「やっぱり目代の仕業か」と怒りの声が広がるが、私はそれを手で制した。
「アルフレッドさん、この男たちの自白文と署名をすぐに作成してちょうだい。それと、彼らの身柄は館の地下牢で厳重に『保管』すること。殺してはダメよ、彼らは大切な人質だから」
「御意にございます、リーゼロッテ様」
私は怯える工作員たちを振り返り、不敵な笑みを浮かべた。
「この動かぬ証拠を添えて、目代とその後ろ盾の貴族へ公式な警告を送りましょう。『これ以上の妨害を行う場合、すべての証拠を王太子殿下、および中央監査院へ提出する』とね。これで彼らは二度と、この北領に手出しできなくなるわ」
完璧なチェックメイトだ。
仕掛けられた悪質なバグを逆手に取り、私は北領の安全を完全に担保することに成功したのだ。




