第26話 リスク管理と逆転の仕込み
「ひとまず、水質の復旧手順を指示するわ」
私は動揺する領民たちの前に立ち、テキパキと役割を割り振り始めた。
「テオくん、子供たちを集めてため池の表面に浮いている大きなゴミを網で掬い取って。大人の男たちは、館の倉庫にある木炭と目の細かい川砂を集めてちょうだい。簡易のろ過槽を作って水をすべて通せば、三日で元のきれいな水に戻るわ」
「わ、分かった! みんな、泣いてる暇はねえぞ、動け!」
テオの叱咤で、領民たちが再び動き出す。パニックに陥りかけた現場を平常運転に戻すには、具体的な作業をすぐに与えるのが鉄則だ。
指示を出し終え、私はアルフレッドさんと共に少し離れた木陰へと移動した。老執事の端整な顔には、深い懸念が刻まれている。
「リーゼロッテ様、水が戻るとしても、これは対症療法に過ぎません。敵の狙いが私たちの作業遅延であるならば、播種が始まる明日、より直接的な破壊工作に出る可能性が極めて高いかと」
「ええ、分かっているわ。相手は私たちのリソースを削りに来ている。まともに警備を強化しようとすれば、こちらのマンパワーが足りなくなって、それこそ敵の思う壺よ」
前世のセキュリティ対策でも同じだった。バグや不正アクセスを恐れてシステムを過剰にガチガチにすれば、今度は本来の業務スピードが著しく低下する。
「……一度、本家へ正式な抗議の書面を送り、数日作業を止めて様子を見るのも手ですが」
アルフレッドさんが慎重なリスクヘッジを口にする。長年、中央の理不尽に耐えてきた彼らしい、現実的な判断だ。
「いいえ。逃げる必要も、作業を止める必要もないわ。むしろ、この罠を逆手に取って、仕掛けてきた工作員を一網打尽にするカウンターを仕込みましょう」
「カウンター、でございますか?」
驚くアルフレッドさんに、私はニヤリと笑ってみせた。
「相手は私たちが『怯えて困り果てている』と思っているはずよ。なら、その認識をそのまま利用して油断させましょう。アルフレッドさん、村中に『井戸が汚染されてもうおしまいだ』と、大げさな嘘の噂を流してちょうだいちょうだい。畑の播種作業も、明日はいったん中止にするフリをします」
敵がこちらの「損害」を確信して勝ち誇り、詰めの一手を刺しにくるその瞬間こそ、最大の死角が生まれる。
「死角をあぶり出したら、一瞬でシステムから排除するわ。――テオくん、ちょっと手伝ってほしいことがあるの」
私は作業を終えた現場リーダーを呼び寄せ、作戦の全容を耳打ちした。私の冷徹な、けれど確信に満ちた提案に、テオの目が鋭く輝き出すのが分かった。




