第25話 仕掛けられたバグ
「リーゼ! 大変だ、早く来てくれ!」
大麦畑への種蒔きを控えた早朝、テオが息を切らせて館の執務室に飛び込んできた。その顔は恐怖と怒りで歪んでいる。
「どうしたの、テオくん。落ち着いて」
「ため池と、村の井戸が……めちゃくちゃにされてるんだ!」
私はペンを置き、すぐにアルフレッドさんと共に現場へと急行した。
大麦畑の要となる給水拠点、そして領民たちの命を繋ぐ村の主要な井戸。そこに到着した私たちが目にしたのは、見るも無惨な光景だった。
水面には、何かの動物の腐乱死体や生ゴミ、そしてどす黒い悪臭を放つ液体が大量に投げ込まれ、周囲の地面は荒らされていた。
「ひどい……なんてことを……」
集まってきた領民たちが、その強烈な悪臭に鼻を突き、絶望したようにへたり込んだ。
「やっぱり、王都の偉い貴族様たちを怒らせちまったんだ……」
「呪いだ、北領はやっぱり呪われてるんだよ……!」
せっかく芽生えたやる気と活気が、一瞬で恐怖へと塗り替えられていく。前世のプロジェクトでもあった。競合他社や派閥争いによる、理不尽な足の引っ張り合い。現場の士気を挫くための、極めて悪質な嫌がらせ(セキュリティ侵害)だ。
「みんな、落ち着きなさい! まだ終わってないわ!」
私は領民たちの動揺を鋭い声で制すると、ため池の縁にしゃがみ込み、水面にそっと手をかざした。
(最適化、起動)
【対象:北領・中央ため池、および村の第一井戸】
【状態:人為的に投入された有機廃棄物による一時的な水質悪化(毒物の検知:なし)】
【主要課題:水面に浮遊する汚染物質の除去、および底部への沈殿防止】
【最適化プラン:上層のゴミを物理的に撤去後、炭と砂を用いた簡易ろ過槽の設置。水質は三日で完全回復可能。必要魔力量:微小】
視界に浮かび上がった青いデータを確認し、私はゆっくりと立ち上がった。フッとため息を吐き、あえて挑発的に唇の端を上げる。
「なんだ、ただの嫌がらせね。毒すら入っていないわ。なんて低コストで質の低い仕事(嫌がらせ)かしら」
「え……? 毒じゃ、ないのか?」
テオが涙目のまま私を見上げる。
「ええ。単にゴミを投げ込んで、私たちを怖がらせて作業を遅らせようとしただけよ。つまり、相手は私たちの成功をそれだけ恐れているってこと。そんな安い挑発に、私のプロジェクトを止めさせてまるもんですか」
私の平然とした態度に、領民たちの顔に少しずつ冷静さが戻ってくる。しかし、隣に立つアルフレッドさんの表情は依然として険しかった。
「お嬢様、毒でないとはいえ、これは明確な警告です。おそらく、本家か王都の利権に絡む者が動いたのでしょう。これ以上の強硬手段に出られると……」
「分かっているわ、アルフレッドさん」
私は冷たい目で、悪臭を放つ水を睨み据えた。
やられたらやり返す。仕掛けられた不正アクセスには、倍の報復を用意するのが、経営者としての私のルールよ。




