第22話 開通
王都への報告書を送り届けてから数日後。大麦畑の開拓は、ついに最大の山場を迎えていた。
「おい、そこをもっと深く掘れ! あと少しで本流に繋がるぞ!」
現場リーダーであるテオの声が、秋の澄んだ空に響き渡る。
彼の指示に従い、大人の男たちが泥まみれになりながら最後の土壁を鍬で削り落としていく。その目は、数週間前のような諦めの色ではなく、明確な達成感を捉えていた。
私はアルフレッドさんと共に、少し離れた高台からその進捗を見守っていた。
「お嬢様、予定通り、本流までの距離はあと数メートル。信じられないほどの作業効率です」
「適切な人员配置と、目標の明確化の成果ね。人間、終わりが見えている作業なら、驚くほど高いパフォーマンスを発揮するものよ」
前世のプロジェクトでもそうだった。ただ「頑張れ」と言われるより、「あとこれだけで完了する」と数値化された方が、現場のモチベーションは維持しやすい。
――その時、現場から地鳴りのような歓声が上がった。
「抜けた! 抜けたぞーーー!」
男たちの叫び声と同時に、ドッと大きな水音が響く。
数年間、大麦畑の地下に溜まり続け、土を腐らせていた黒い泥水が、新しく開通した排水溝を通って、凄まじい勢いで領地西側の本流へと流れ出していった。
滞っていたデータが一気にフローしていくかのような、圧倒的な快感。
「最適化、起動」
【対象:アルトハイム北領・中央大麦畑】
【状態:地下水の滞留解消。土壌水分量、急速に減少中。乾燥および空気の流入を検知】
【最適化プラン:このまま二日間天日干しを行い、次フェーズ(灰撒き)へ移行。必要魔力量:――】
視界に広がる水色の文字に、エラーの文字はもうなかった。
カチカチで冷え切っていた灰色の荒野が、余分な水分を吐き出し、本来の豊かな大地の姿を取り戻していく。
「本当に……水が抜けた。あの呪いの沼地が、乾いていく……」
呆然と呟く大人たちの中心で、テオが私を見つけて大きく手を振った。
「リーゼ! やったぞ! 俺たちの勝ちだ!」
泥だらけの男たちが、お互いの肩を叩き合い、まるで子供のように喜びを爆発させている。中には、あまりの感動に涙を流しているベテランの農夫もいた。
「見事なインフラ改善でございます、リーゼロッテ様」
アルフレッドさんが、深く、確かな敬意を込めて一礼した。
「ええ。でも、これでようやくプラットフォームが整っただけよ。土が乾いたら、次は全域への木灰散布――『中和総力戦』を始めるわよ」
流れる水を見つめながら、私は小さく笑った。現場の信頼を完全に掌握した今、このプロジェクトの成功確率は、すでに私の計算上、九割を超えていた。




