第21話 最高権力者からの進捗確認
大麦畑の泥上げ作業が本格的にスタートし、現場が熱気を見せ始めた頃。
王都からの定期便と共に、それはもたらされた。
「リーゼロッテ様、王都の――それも、王太子カイウス殿下からの親書でございます」
アルフレッドさんが、いつになく緊張した面持ちで一通の書簡を差し出してきた。銀色の蝋で厳重に封印されたその紙には、見覚えのある冷徹な獅子の刻印。かつて私を「無能な道具」と呼び、婚約破棄を言い渡した張本人の紋章だ。
「あら、ずいぶんと早いコンタクトね。目代が泣きついたのかしら」
私は事務作業用の老眼鏡を少しずらし、受け取った封を切った。
中に書かれていたのは、予想通りの冷淡で無機質な文章だった。
『北領において、不穏な計算術を用い、領民を煽動して大規模な土木作業を行っているとの報告がある。その意図、および現在の領内の正確な収穫資産を遅滞なく報告せよ』
要するに「お前が死にきれずに何か悪巧みをしていないか、現況をレポートしろ」という、元上司からの嫌味な監査請求だ。
「……どうなさいますか、お嬢様。下手に反論すれば、本家を動かしてこちらの作業を強制停止させてくる可能性もございます」
アルフレッドさんが心配そうに覗き込んでくる。
「反論? そんな感情的な無駄骨、折るわけないじゃない」
私はニヤリと笑い、新しい羊皮紙を広げた。
「最高権力者自らが進捗確認を求めてきているのよ。これほど美味しいチャンスはないわ。ただの反論じゃなくて、ぐうの音も出ないほど完璧な『業務進捗報告書』を返してあげましょう」
前世でも、現場のやり方に口を出してくる頭の固い役員を黙らせるには、愚痴を言うのではなく、圧倒的な予測数字と成果のグラフを叩きつけるのが一番効果的だった。
「アルフレッドさん、過去三年の北領の気候データと、今回の泥上げによる大麦の予測収穫量の算出データをちょうだい。全部グラフ化して盛り込むわ」
「は、はあ……ぐらふ、ですか?」
私はペンを握り、驚異的な速度で書類を作成し始めた。
現在のコスト削減実績、排水溝開通による土壌PH値の改善見込み、そして冬を越すために必要な最低限のキャッシュフロー。それらを、この世界には存在しない「棒グラフ」や「円グラフ」、そして完璧な複式簿記のフォーマットへと落とし込んでいく。
感情的な釈明は一文字もない。ただひたすらに、冷徹で客観的な事実と数字だけを並べた、全十ページに及ぶ完璧なビジネスドキュメント。
「よし、これを王都へ即日返送してちょうだい。これを見たカイウス殿下がどんな顔をするか、今から楽しみだわ」
私は書類をまとめ、パチンと封印を施した。
元婚約者からの最初のアプローチを、私は最高に知的なカウンター(報告書)で返すことに決めたのだ。




