第19話 現場のケツを叩け
「……というわけで、全員で泥上げと灰集めをやってもらうわ」
日の暮れた村の集会所。私は集まった大人の男たちの前で、北領の地図をバンと叩いた。
昼間の視察から戻り、すぐにアルフレッドさんと作成した『排水溝開通計画書』を掲げる。しかし、男たちの反応は冷ややかだった。
「おいおい、お嬢様、冗談だろ。蕪の芽が出たのは認めるが、あの大麦畑は規模が違いすぎる」
「そうだ。排水溝の泥上げなんて、この人数で二ヶ月ぶっ続けで掘っても終わるかどうか分からねえぞ。冬の前にそんな無駄骨、御免だね」
やれやれ、と男たちが背を向けようとする。前世でもそうだった。現状維持バイアスに囚われた現場は、どれだけ画期的な提案を持ってきても、「そんなリソース(時間と体力)はない」と最初から拒絶するものだ。
「無駄骨じゃないわ。二ヶ月あれば確実に終わる。なぜなら――」
私がロジックで詰めようとした瞬間、集会所の扉が勢いよく開いた。
「終わるよ! リーゼの計算は絶対に間違ってないんだからな!」
入ってきたのは、テオを筆頭にした子供たちの集団だった。テオは大人たちの間に割って入ると、泥のついた小さな手で、私が作った図解マニュアルの写しを突きつけた。
「父ちゃんたち、いい加減にしろよ! リーゼはあの呪いの菜園に芽を出したし、みんなの病気だって治したろ!? 俺たちガキでも、マニュアルがあれば四日で蕪を収穫できたんだ。大人の男が全員でやれば、できないわけないだろ!」
現場リーダーの熱い言葉に、男たちが「うっ……」と言葉を詰まらせる。
そこへ、アルフレッドさんが静かに、けれど圧倒的な威圧感を持って一歩前に出た。その手には、これまで彼らが一度も見せてもらったことのない、領地のリアルな財政台帳が握られている。
「みなさん。これは脅しではなく、純粋な数値データ(現実)です」
アルフレッドさんは、冷徹な声で帳簿の数字を読み上げ始めた。
「現在の備蓄量では、このまま冬を迎えれば、ここにいる皆さんの三割――つまり、三人に一人が確実に餓死します。王都からの支援はございません。お嬢様の計画に乗って泥を掘るか、それともこのまま暖炉の前で静かに飢え死にするか。選択肢は二つに一つです」
集会所が、水を打ったように静まり返った。
子供たちの真っ直ぐな言葉と、老執事の突きつけた残酷な数字。二つの現実の前に、大人たちの言い訳は完全に叩き潰された。
「……本当に、あそこがまた使えるようになるんだな?」
一人の大柄な男が、諦め混じりの、けれど微かな希望を宿した目で私を見てきた。
「ええ。私の作った『工程管理表』通りに動けば、冬の到来までに排水溝は完全に開通するわ。信じて。私、絶対に身内の餓死なんていう大赤字、出させないから」
私が不敵に笑ってみせると、男たちは顔を見合わせ、やがて太い息を吐きながら、ひとり、またひとりと拳を突き上げた。
「クソ、分かったよ! 飢え死にするくらいなら、泥を掘って死に物狂いで働いてやる!」
「灰だな!? 家じゅうの竈から集めてくりゃいいんだろ!」
重かった現場が、ついに動き出した。
全員のケツを叩き終え、私は心の中で小さくガッツポーズを作った。




