第17話 冬のデスマーチ
「餓死者が三割……。それが、この領地が抱える本当の負債というわけね」
アルフレッドさんが提示した古い報告書と最新の在庫データを突き合わせながら、私は冷たい事実を噛み締めていた。
家庭菜園での蕪の初収穫は、領民の意識を変える大きな成功を収めた。けれど、それはあくまで小規模なテストケースに過ぎない。あと二ヶ月で到来する北領の冬は、そんな小さな備蓄など一瞬で食い潰すほどの、容赦のない大穴だった。
「左様でございます。例年は王都の穀物商から高値で買い叩いた小麦でなんとか凌いでおりましたが、お嬢様がその契約をコストカットされました。結果、現在の純粋な備蓄量は過去最低。このままでは確実に、冬の半ばにキャッシュアウト――いえ、兵糧攻めと同じ状態に陥ります」
アルフレッドさんの言葉は、経営コンサルタントのように冷静で、だからこそ深刻だった。前世でも、目先の不採算部門を切り捨てた結果、全体の仕入れルートが一時的にストップするような構造的リスクはよくあった。
「分かっているわ。だからこそ、攻めの投資が必要なのよ」
私は北領の全図を机の上に広げ、その中央にある広大な空白地帯を指差した。
「ここを使うわ。領内最大の大麦畑――いまは完全に放置されている、あの広大な休耕地よ」
アルフレッドさんがハッと息を呑んだ。
「あそこは……『呪われた大麦畑』と呼ばれる、北領最大の不毛の地でございますよ? 数年前に大規模な立ち枯れが起きて以来、誰も近づこうとしません。あそこを耕すなど、期間的にも、人員的にも不可能です」
「不可能かどうかは、現地を直接監査してから決めるわ」
私は羽ペンをインク瓶に戻し、立ち上がった。
「アルフレッドさん、私の前世……いえ、私の経験上ね、どんなに炎上しているデスプロジェクトでも、一発逆転の隠し玉は必ず現場に残されているものなの。明日一番で、現地へ行くわよ」
翌朝、私はアルフレッドさんを引き連れ、馬車で領内最大の大麦畑へと向かった。
到着した私を出迎えたのは、地平線まで続くかのような、広大で、そして不気味なほどに静まり返った灰色の荒野だった。風が吹くたびに、カサカサと乾いた土埃が舞い上がる。
私は馬車を降り、誰も耕さなくなったその大地の真ん中へと歩みを進めた。膝をつき、ひび割れた土にそっと両手を当てる。
(家庭菜園の規模じゃない……。私の今の魔力で、どこまでスキャンできるか分からないけれど――)
深く息を吸い、胸の奥の魔力を一気に絞り出した。
(最適化、起動!)
その瞬間、私の視界が、これまでにないほど激しい水色の光で埋め尽くされた。




