第15話 社畜人生も無駄ではなかった
領主館の大食堂は、これまでにない熱気に包まれていた。
部屋の中央に据えられた大きな鍋からは、収穫したばかりの蕪と干し肉をじっくり煮込んだ白い湯気が、美味しそうな匂いと共に立ち上っている。
「さあ、みんな、遠慮しないでたくさん食べてちょうだい」
私が声をかけると、テオたち子供平民や、館の使用人、そして集まった村の大人たちが一斉にスープを口に運んだ。
「……美味い!」
「なんだこれ、蕪がすごく甘いぞ!」
あちこちから歓声が上がる。
いつもは飢えと寒さに怯え、暗い顔をしていた領民たちが、今は誰もがハグハグと口を動かし、本当に幸せそうな笑顔を浮かべていた。温かいスープのおかげで、彼らの痩せた頬がみるみるうちに健康的な赤みを帯びていく。
「これ、本当に俺たちが種を撒いた蕪なのか? 信じられねえや」
テオがスープの器を大事そうに抱えながら、しみじみと呟いた。
「そうよ。あなたたちがマニュアル通りに、毎日大切に育ててくれたからよ」
私が微笑むと、テオは照れくさそうに頭を掻き、それから真っ直ぐに私の目を見た。
「ありがとな、リーゼ。お前が来てくれて、本当に良かった」
その言葉に、周囲の大人たちも深く頷き、私に向かって次々と感謝の言葉を口にした。
(……ああ、そうか)
弾けるような笑顔と、温かい拍手の中に身を置きながら、私は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。
前世の私は、誰に感謝されることもなく、ただ数字のバグを消すためだけに、深夜のオフィスでボロボロになるまで働き続けていた。あの日々は虚しく、私の人生には何の意味もなかった――ずっと、そう思っていた。
けれど、違ったのだ。
(無駄なことなんて、ひとつもなかった。あの日々で培ったすべての知識と経験があったからこそ、私は今、この世界で目の前の人たちの命を救い、こんなに素敵な笑顔を作れているんだわ)
そう気付いた瞬間、視界が急に熱くなった。
溢れ出しそうになる涙を、私は泥のついた袖で慌てて拭った。
(ありがとう、前世の私。――社畜人生も、無駄ではなかったわ)
過去の自分を、今、完全に肯定して清算できた気がした。
もう、生きるために目先のバグを叩くだけの「社畜」のリーゼロッテはここまでだ。今日から私は、この地を愛し、この人たちの未来を背負う、本物の『経営者』として生きていく。
涙の跡を隠すように、私は小さくガッツポーズをした。
「お嬢様、素晴らしい第一歩でございますね」
アルフレッドさんが、そっと私の隣に歩み寄り、今日一番の優しい声で囁いた。
「ええ。でも、これはまだ小さなテストケース(家庭菜園)の成功よ。アルフレッドさん、明日からは次のフェーズに移るわ。この仕組みを、領地全体の大きな休耕地へと拡大していくわよ」
「――御意。どこまでもお供いたします、リーゼロッテ様」
老執事は、私の覚悟を呼び覚ますような、深く確かな一礼を捧げた。
最果ての赤字物件を、最高の黒字領地へ。私の本気の改革が、ここから幕を開ける。




