第11話 業務マニュアルの作成
「ねえリーゼ、ここはどうするんだ?」
テオが蕪の葉を指差しながら、怪訝そうな顔で聞いてきた。
第一生産拠点である家庭菜園では、私の選別した種が一斉に芽吹き、順調に成長を続けている。けれど、次の課題は「栽培の属人化」を防ぐことだった。
今のところ、水やりのタイミングや量はすべて私の指示待ちだ。テオたち子供平民は感覚で動いてしまうため、放っておくと「良かれと思って水をやりすぎて根腐れさせる」というバグが発生しかねない。
「テオくん、良い質問ね。本葉が三枚になったら、一番元気な一本を残して残りは引き抜くの。これを『間引き』と呼びます。ほら、この図を見て」
私は昨日、館の執務室で夜な夜な書き上げた羊皮紙を広げた。
「……なんだこれ? 絵が描いてある」
テオの仲間たちが物珍しそうに集まってくる。
この領地の子供たちは、誰一人として文字が読めない。だから私は、文字を一切使わず、作業の手順を簡単なイラストだけで示した『ビジュアル業務マニュアル』を作成したのだ。
「文字が読めなくても、この絵の通りに動けば誰でも同じ品質で作業ができるわ。一本だけ残して、土を優しく寄せる。これならみんなにもできるでしょ?」
「これ、めちゃくちゃ分かりやすいな! 俺でも次何すればいいか一発で分かるぞ!」
テオが目を輝かせて羊皮紙をなぞる。子供たちはゲームの攻略本でも手に入れたかのように、楽しそうに図解マニュアルを回し読みし始めた。
「これでお嬢様の手を煩わせることなく、現場(菜園)を回せるな。よし、みんな! 今日のシフトの通りに作業開始だ!」
テオの号令で、子供たちがそれぞれの持ち場へとテキパキと散っていく。マニュアルを基準に、自立して動き始めたのだ。
「……実に見事でございます、リーゼロッテ様」
いつの間にか後ろに立っていたアルフレッドさんが、深く感心したようにため息をついた。
「ただ農作業をさせるだけでなく、子供たちに自ら考えて動く仕組み、ひいては教育の基礎まで叩き込まれるとは。本家の文官どもに見せてやりたいものです」
「マニュアル化は基本よ、アルフレッドさん。私が倒れたら止まるようなプロジェクトじゃ、この先スケールアップ(規模拡大)できないもの」
私は腰に手を当てて、子供たちの作業風景を見守った。
彼らはもう、ただの「飢えた平民のガキ」ではない。私の作った仕組みを正確に回す、優秀な現場スタッフだ。
しかし、一安心したのも束の間。
作業をしていた子供の一人が、突然その場にフラリと座り込んでしまった。
「おい、どうしたんだよ!」
テオの声に慌てて駆け寄ると、その子の顔は真っ赤に火照り、荒い息を吐いていた。
「……熱い。頭が、ズキズキする……」
触れた額は、驚くほど熱かった。
(バグ発生ね。――いや、これは慢性的なエラーの兆候かもしれないわ)
私はすぐにその子を抱き起こし、館へと運ぶよう指示を出した。北領に潜む、次なる巨大な問題点が首をもたげようとしていた。




