第104話 遠い地からの密書
巡回を終えた翌朝、執務室にはアルフレッドさん、テオ、エレナの三人が顔を揃えていた。
「皆様、改めて紹介させてください。王都駐屯警備隊の隊長として着任した、レオンハルト・フォン・シュテルンです。私の幼馴染でもあります」
私の紹介を受け、甲冑を解いた平服姿のレオンハルトが爽やかに一礼した。
「レオンハルトだ。王都からの名目は監視だが、俺の剣はリーゼと北領のためにある。現場の防衛や警備は遠慮なく頼んでほしい」
真っ先に口を開いたのは、老執事のアルフレッドさんだった。穏やかな笑みをたたえながら、深く頷く。
「王都の予算と最高の装備をそのまま当領の防衛力に組み込むとは……実に見事な『最適化』でございますな、レオンハルト様」
「王都の上層部も、自分たちの手当てで北領の壁が頑丈になっているとは夢にも思っていないでしょうね」
テオが親しみの込もった笑声を上げた。彼は最初こそ「王都の精鋭」という肩書に少し身構えていたようだが、レオンハルトの気さくな佇まいにすぐ表情を緩めた。
「昨日、大鍛冶場で不当な買い叩きを一瞬で追い払ってくださったそうですね! アルノたち職人勢が『すげえ騎士様が味方になった』って大喜びしてましたよ」
「職人たちの作業を邪魔する不頼漢を排しただけさ。テオ殿、現場の警備の配置についても後で意見を聞かせてほしい」
「はい、喜んで!」
二人が握手を交わす横で、エレナが私とレオンハルトを交互に見比べ、どこか楽しそうに口元を隠した。
「リーゼちゃんの隣に立つ姿を見ていると、長年培われた深い信頼感が伝わってくるわ。頼もしい騎士様が来てくれて、私も心強いわね」
打ち解けた温かな空気が部屋を満たす。ルークが不在の寂しさを埋めるように、新しい北領のチームが確かに形作られつつあった。
その時、静かなノックとともに手渡された重みのある封筒を、アルフレッドさんが机の上に置いた。封蝋には、見慣れたルークの花押が押されている。
「お嬢様、南西の遠征地より、ルーク殿からの第一便が届きました」
部屋の空気が心地よい緊張感へと切り替わる。私は胸の高鳴りを抑えながら、丁寧に封を切り、中に収められた羊皮紙を広げた。
そこに書かれていたのは、相変わらず冷徹なまでに正確な現地の現状分析だった。
『現地の小作地における実態は、事前の予測以上に凄惨です。地主層による不当な搾取は年貢率六割を超え、不作の重圧がすべて現場の農民へ転嫁されております。土地の荒廃と労働意欲の欠如は極限に達しております』
相変わらず容赦のない報告だが、それに続く文章には確固たる手応えが記されていた。
『ですが、ハルシュタット領で確立した「標準提携」のロジックと、北領から持ち込んだ高品質な農具の提示により、小作農たちの間に自立への強い兆しが生まれつつあります。地主らの法的な隙を突き、改革の端緒を開く公算は十分にございます』
文章を目で追いながら、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。過酷な地で、彼は一人で確かに戦っている。
そして、報告書の最後の段落には、いつもより少し歪んだ、不器用な筆跡でこう付け加えられていた。
『――なお、北領の春は朝晩の冷え込みが残る頃かと存じます。どうかお身体を冷やさぬよう、ご自愛ください。あなたが現場へ出向かれる際は、どうか無理な動きをなさいませんように』
「ふふ……相変わらず、最後の最後で余計な一言を添えるのね」
思わず零れた私の呟きに、手紙を覗き込んでいたエレナが「まあ」と頬を緩め、レオンハルトもどこか切なさを孕んだ温かな目で見守ってくれた。
「遠く離れていても、ルークの頭脳と心はここにありますわ」
私はすぐに執務机に向かい、新しい羊皮紙とインクを取り出した。
「アルフレッドさん、テオ。ルークが南西で不当な地主たちを追い詰めるために必要な資材の第二便を手配しましょう。ハルシュタットの鉄具とカルナ村の資材を増産して、いつでも送り出せるよう供給網を再編成するわ」
「かしこまりました、リーゼロッテ様。直ちに各拠点へ指示を出します」
ルークが現場で遺憾なく力を振るえるよう、私はこの北領で最強の基盤を作り続ける。
ペンを走らせる手元に差し込む春の光が、遠い地にいる彼と私たちを、確かな絆で繋いでいた。




