9 だいじなもの
ルディは「お言葉に甘えて」といった。
瞳が輝やいて、速やかに向かいの席に着いた。
素直な性格だ。
僕は人との会話が長続きしないタイプ。
だからいつも聞き手になりがちになる。
間持たせのスキルがなく、何から切り出せばいいのか迷ってしまう。
「やあ、名はルディだったね。ゆうべはロクに挨拶もできなかったね」
「ええ……先ほどから、そう呼んでもらっていますが」
ああ僕は何を切り出しているんだ。
すでに名は呼び合っているとツッコミが返って来た。
でも挨拶からやるしかない。
ルディは、ごく最近入った娘。
昨日ここに連行された折りに対面したばかりだ。
一応、彼女も飾ることなく挨拶を返してくれた。
席に誘った途端に颯爽と立ち上がってテーブルの傍まで一直線だ。
料理を台無しにした手前、もう居座る気がないと思ったけど。
馴れ馴れしい彼女に調子を合わせてこのまま身分を問わねば、
もっと距離を縮められるのかな。
だけど僕だって、ダラダラと世間話だけをするつもりはない。
「君は僕の魔法指南役だから、今後のこともあるし……」
「はい、魔法を覚えて頂けるなら、いくらでもお相手いたします」
おお、そう来なくてはな!
「そこでだ、ひとつ聞いて置きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「はい。何でございましょうか?」
間持たせは苦手だ。
召使い相手に受け身は御免だ。
今は知りたいことがある。
その答えにたどり着けるように進めよう。
少しずつ態度も表情も和らいできた。
任務の話なら彼女も耳を傾けてくれるだろう。
「その、『だいじなもの』の話だよ」
「だいじなもの……ですか?」
彼女は神妙な面持ちで話を聞く。
「世の中には魔法スキル以外にもだいじなものがあったりするんだろ?」
「お言葉ですがラルク様、魔法スキルの習得は最重要課題ですよ」
うん?
「よそに大事なことがあっても、今は魔法の習得に身を入れた方がいいですよ」
さすが指南役。
そいつはもっともな意見である。
しかし、その方向で話が進むのは僕としては歓迎できないのだ。
これは質問がストレート過ぎたかな。
それなら、アプローチの仕方を変えてみるか。
「その、運を上げたりするには何がだいじなのか、ルディはまだ知らないか?」
「し、知ってるわよ! それくらい……あっ!」
「ほうほう──」
何かを知っているようだ。
僕はわずかに首を傾げて見せ。
もっと教えて欲しいとのサインを送る。
あれ?
さっきまでの笑みが消えたような。
なんだかカチンときた様子をみせる。
だが言葉が過ぎたとすぐに自ら姿勢を正した。
だからどうして、その口の利き方になるのだ。
この娘はひょっとして反抗期なのか?
目の前にいるのは君が仕えているご主人様だぞ。
まあいい。
でも今確かに知っているといった。
この機会に何とか聞き出せないか。
召使いでも反抗期だとマズいのでもっと下手にでるのか。
持ってきたもうひとつのグラスに飲み水を注ぐ。
ルディの目の前に置く。
とっとと話を進めよう。
「それって、街に行けば手に入るものなのかな?」
あ……しまった!
街に行きたい気持ちが強くて、うっかり街の話題を出してしまった。
ルディは飲み水のグラスに手を伸ばし、口元に寄せる。
「そうですが──」
「……おお」
やっぱり街に行けば入手できるモノだったか。
僕の胸の内の弾み具合など知らずにルディは静かに返した。
「知りたいのであればご自身で勉強をなさるか、魔法習得をなされば褒美に教えて差し上げられます」
着任したばかりの召使いから「褒美」という言葉を聞かせられるとは思わなかった。
余計な考えを挟まず、率直に答えてきた。
だが、二つ返事でそれが何かを答えない。
しっかり損得も弁えている。
そんな冷静な対処法をお持ちだったのですか、ルディは。
魔法習得が大の苦手だと知っていて冷めた言い方をしたのか。
だけど僕だってそう簡単には引き下がれない。
僕は澄ました顔で「ふーん」といった。
それなら話題を変えてやる。
僕はグラスの中できらめく清水の泡をじっと見つめる。
唐突に話題を切り替えようとするが目が泳いでしまうので
一点を見つめてごまかすため。
「朝食の、はちみつたっぷりのパンケーキを何枚か食べ残しちゃおうかな」
「もったいない……なぜ、残すの?」
食い気が脳に充満した娘は即答した。
もはやタメ口だが気にしない。
ルディが疑問符を抱き、軽く興味を示した。
その瞬間、僕の心はチャンスとばかりに密かにニヤケた。




