8 未経験
二人が言い合いをしている合間に早朝の出来事を振り返り、頭の整理をしていたが、テーブルの上にアクシデントが発生して我に返る。
そして僕は怯えが去ったマチルダの手をそっと握り、真剣な眼差しで見た。
「気を取り直して仕事に戻ってください」
下手をすればマチルダも火傷を負っていたかもしれない。
それなのに冷静な物言いをしてしまった。
結局ルディの言動が原因で朝の食卓が台無しになった現実がある。
でも、これしきのことで二人を叱責しない。
だが急に優しく接しすぎて大丈夫かという不安もある。
怪しまれて監視下に置かれては息がしづらい。
黒服たちはすでに敵との認識でいる。
傍の二人を敵に回さぬように言葉使い以外は普段通りにするのか迷う。
彼女は2つ年下だが魔法使いとしては上級者になる。
アッシュルーズ家では、上級以上の教師だけを雇用する。
少し前に、僕のために雇用された人族の上級魔法使いがいた。
彼とは相性が合わず僕が解雇に追い込んでしまった。
ルディはその後釜なのだ。
ここは慎重にいこう。
メイドだが同じ人族のマチルダか、奴隷上がりのエルフ族ルディか。
友達付き合い未経験の僕が、二人を同時に相手はツラい。
話す相手を一人に絞りたい。
マチルダの場合。
彼女なら半分打ち解けてくれたが。
父に雇われて長い。簡単に心を許すほど子供ではない。
ここに付いて来たのも親父の差し金で腹の中では見張役かもしれない。
ルディの場合。
無邪気を絵に描いたような少女だ。
ご馳走に目がくらむタイプと見える。
叱責されると知りながら喰いものを優先するのは分かりやすい。
ルディの好感度も上げられたらいい。
今は双方とも床に顔を伏せていて暗い気持ちになっている。
「二人とも、今は責任より腹ごしらえが先決だ」
「ラルク坊ちゃま……」
目をパチクリとさせながらマチルダは僕を見上げてきた。
確かに粗相を犯した。
だが今の騒動で余計に腹が減ったと伝えた。
朝食の配膳をもう一度し直すようにと冷静に指示を出す。
「パンケーキは調理場にまだ沢山あるんだろ?」
「も、もちろんでございます!」
「朝食を済ませた後のスケジュールを順守してくれるのなら、もう一度配膳を頼みます」
「では、そのように手配いたします」
料理の話で生気を取り戻し、マチルダは気の良い返事をした。
僕なら、必ずいってきたからな。
「いっそ昼も夜もパンでいい」と。
彼女ならこう答える。
しっかりと野菜や魚もバランスよく採らなければ駄目と。
いつも健康上の指摘をする。
「坊ちゃま、それでは栄養が偏ってしまいます!
代わりのお食事はすぐにお持ちしますから、そのまま掛けてお待ちください」
彼女はスクッと立ち上がる。
僕に一礼して部屋を後にする。
部屋を出る際、彼女はまだひれ伏すルディを見て、
「あなたも一緒に部屋に下がるのよ」
ルディに向けたマチルダの声のトーンは一段階低かった。
彼女はマチルダを見上げた。
だが何も言わず。
ルディは静かに立ち去ろうと腰を上げる。
だが僕は待ったの声をかけた。
「待て、ルディにはきちんと謝罪をしてもらわねば!」
マチルダに、ルディを部屋に置いていくようにいった。
謝罪がまだだ、という僕の言葉の重みを尊重してルディを蔑視する。
「そうですね」と。
彼女は納得して頷くと先に退室した。
よし。
この間にルディを攻略する。
彼女とはゆうべ、あいさつ程度に言葉をもらっただけだ。
僕は指南役を好いてはいなかったから気のない返事をしたけど。
僕は、まだ床に突っ伏しているルディにも言葉をかける。
「ルディ、さっきのことは気にしないで自分の部屋に戻りなさい」
「……えっ?」
謝罪はもういいのか、と。
ルディは、そんな顔でラルクの声に敏感に反応し、面を上げる。
それじゃなぜ引き止めたのかとルディは戸惑いの表情を浮かべた。
僕はじっと彼女の目を見つめる。
ルディは腕を胸に当て改めて跪く姿勢に一層の敬意を示すように瞳を閉じた。
そして腹を決めたように静かに声を上げた。
「ラルク様、ごめんなさい。朝食を台無しにして……」
それは彼女も理解している。
ここで本当に黙って立ち去れないことくらい。
僕は寛容に受け止め、何も言わず首を静かに縦に振る。
ルディが息を整えて言葉を続ける。
「あたし……身分もわきまえず、奴隷の食事が少ないなんていってしまって」
その声はしおらしくて、マチルダと対峙したときの勇ましさは見られない。
それに、「ごめんなさい」だって。
「申し訳ございません」じゃないんだ。
僕にとっては親近感の湧く言葉使いだが召使いの言葉使いからは遠い。
そのおかげで僕はプッと吹き出してしまった。
「ラルク様、いまの笑いはなんですか?」
「いや謝り方が……あ、その……なんでもない。許して遣わす」
「あ、はい。ありがとうございます!」
アイスブルーダイヤのようにクールでエレガントな瞳が輝く。
ルディの眼は氷のように涼やかな光を見せた。
生まれつきの魔力量に恵まれた種族だとは聞いているが。
なんとも無邪気な性格がなんとも愛らしく。
まあそれでよく、アッシュルーズ家に召し抱えられたものだと思っただけだ。
いや、育ち盛りの少女にその食事量は確かに少ない。
そもそも、硬めのパンって何だ?
うちに雇われている魔法指南役なのに扱いがまるで奴隷のままみたいだ。
そんなワケはない。
前任の指南役は戦士のように頑丈そうな体つきだった。
いつも、ちからづくが嫌いだったから解雇してやったのだ。
肉類をバリバリと吸引するように食べていなければ説明がつかないほどに。
いや、あの様にはしたない真似をするのだから、彼女の証言は事実だろう。
ショートカットの艶やかな水色の髪も印象的なエルフ族のルディ。
肌が透き通るように白くてボーイッシュで幼くて、ショタコン好きのお姉さんのハートをズドンと打ち抜くような顔立ちだ。
優しくしてやれば少しは好感を持ってもらえるかもしれない。
どうせマチルダが戻ってくるまで、することもなく退屈だしな。
距離を詰めて置くのも悪くない。
置かれたままのワゴン車から、飲み水の瓶とグラスをふたつ手に取る。
「ルディ、こっちへ来て話をしないか?」
僕は声で誘導するようにテーブルの席に先に座り、手招きをして誘った。
謝罪も済ませたルディは声を弾ませてテーブルの脇まで駆け寄って来た。
軽快な足音だったので、気づかれない様にグラスに映る彼女をちらりと見てみた。
ルディは、テーブルの脇で背筋を伸ばし胸を張る。
僕を視る眼はなぜか嬉しそうだ。
「よいのですか? 身分の低い奴隷なんかが座ったらテーブルが汚れますよ」
悲嘆に暮れているような根暗な物言いだが、声はそこまで暗くない。
もう奴隷じゃなくて、奴隷上がりだろ。
僕の正面に立たず、着席もせず、脇から受け答えをする。
「それどういう理屈だよ。ルディは風呂に全く入らないのか?」
彼女のその言葉が冗談なのか本気かよくわからない。
グラスに水を注いで手に持った。
僕は笑みをこぼし彼女の頭髪に目をやり質問をした。
「は、入るわよ! ちゃんと髪だって洗ってますよ……あっ!」
「アハハ! だったら汚れが移るわけないよ。君が嫌なら部屋に戻るといいよ」
すぐ友達のような口ぶりになるが。
ルディは身分が衛生に直結しないことを自覚している賢い娘だ。
僕は軽く笑って見せる。そして嫌なら好きにしろといってやった。
嫌なら部屋へ戻るだろうし、居たいなら僕の命令として受けるだろうし。
ルディのことは、まず本人に決めてもらえばいい。
僕か、料理か、どちらかに興味があるのなら残るだろう。




