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56 え、なんで?



「え、なんで? ラルク……?」


「(はっ!?)」



ほんの一瞬だった。

僕は意表を突かれ、ドキッとする。

そのセリフを僕に向けたのはファルだった。

僕は驚きの声がノドまで出かかった。


名前を呼ばれた……。

覚えているから当然かもしれないが。

だが彼は振り向かずに、そう洩らしただけだった。


こちらから名を呼ぶわけに行かず、もどかしい気持ちのまま、その背をみつめる。


あれだけ、ぎゅっと握りしめていた彼の手を僕が無言で手放したからだ。

僕は自分のモブ化を意識しすぎて焦ってしまった。

ファルにとっては当たり前の反応なのに。



「(ほんとにモブ化できているのか心配になるほど焦った)」



ファルが僕の異変に気付いた。

どうかそのまま素直に振り返って、と心の中に『願いの灯』をともす。


ファルは前を見つめて歩いている。


遺跡の中はどの層も似通っていた。

だだっ広い空洞、床のうえに視線を落とせば瓦礫と土くれの山。


長年誰かが住んでいたのか、何かの研究をしていたのか、謎を残しつつ。

抜け殻となった場面を幾つも通り過ぎて来た。

かつての何者かの痕跡が窺える、崩壊せぬまま残った地下神殿のような内部。


これまでは魔物が出現した。

それ以外は僕たち人間だけであった。

道中で先客がいたが、それだけだった。


なぜか彼は振り返らない。

この層も強敵が出現するのか。

情報がないだけでその警戒は怠れないのか。


これでは知りたいことが知れないまま、最下層へと足を運んでしまう。

そうはさせまいと誓ったはずだ。


僕は、ファルの背中に追いつくように早足で歩いた。

ピタリと背後に来たので、彼の背中を「どんっ」と押して、素早く三歩下がった。

距離を置いてその表情を視なければと。

背中を強く押された彼はやっと振り返ってくれた。



「え、なんで? ラルク……?」



そうだよ。

そこで効力を得るセリフだよ。

僕を認識できない、さあどうするんだ君は。


彼は僕を少しの間、沈黙しながら眺めた。

そして口を開く。



「また何か閃いたの?」


「え、なんで?」



僕はあっけに取られて思わず返事をしてしまう。

ファルは息をすうっと吸い込んだ。

視線を斜め上にやり、「えーと」と呟いたあと僕を見て。



「突然手を放したから気になったけど。強く押すから……」


「(いや、そうなんだけど)」僕も目線を斜め上に天井を見てほくそ笑む。


なにも成功していないけど悔し紛れにそうする他はなかった。

ファルは前方を歩く仲間を指さして僕の意見を聞いて来た。



「ラルク、それでなんなの? だれにつなぎを取ればいいの?」


「……ラルクって? ファルは僕が見えているの?」



まるで何事もなかったように振舞ってきたものだから。

もう尋ね返すしかなかった。すると、



「ああ、やっぱりラルクなんだね? へえー、モブ化ってそう映るんだ!」


「え、なんで?」



彼の口ぶりからすると、モブ化は有効化されているんだ。



「なんでって、そのスキルはオイラたちに公開済みだからね!」


「たしかに話したけど。なんで認識できるんだよ?」


「認識はしていないさ。ここにもとのPT以外いるのは君だけだから、振り向いて別人がいたとしてもそれがラルクなんだと信じ続ければ、君がボロを出すまで普段通りに声をかければ良いだけさ!」


「…………その、心構えって全員持ってるの?」


「当然だよ。Aランクともなれば幻覚や幻聴のたぐいは、こうして突破してきたものさ。仲間と仲違いしなくて済むし、殴り合いはオイラの性に合わないからね!」



僕は思わず閉口した。

この人たちには、モブ化が通用しなくなっていた。

スキルは活かされているけど。

彼らの冒険者としての熟練度が僕の知識を上回っていたんだ。


そりゃバラしたら、そうなってしまう。

ましてやこの状況下で人数を考慮に入れれば、僕しか該当しなくなる。



「いやあ、さすがは高ランク冒険者だなぁ。ちょっと試して見ただけだから。気を悪くしないで欲しいんだファル、驚かせてごめんねー」


「まあ、いつかなんか試すと思ったさ。スキルがどんどん進化したらね」



ファルは少年の様に「気にしてないよ、オイラたちもやってきた」といい、屈託のない笑顔を見せて、前方に向き直り、また歩き出した。


期待外れな展開になってしまって拍子抜けしてしまった。


こうなったらいきなり殴りかかるか、裁きのいかづちを喰らわせるしかない。

戦闘以外に手段がなくなってきた。


そう考えた途端、僕は閃いてしまった。



「(そうだ、救出してやったあの女盗賊たちを呼び出そう!)」



ここにPT以外が僕一人じゃなければいいのだから。

その状況を生み出せばいいのだ。


早速、三人の女盗賊を召喚した。

召喚した場合の者は全員、僕の味方だ。

スキルが有効化されているのなら、男女の区別さえつかなくなるはずなのだ。

旅人スキルも最高ランク、心配はない。


だが彼らの腕前だと女盗賊らなど一捻りだろうが、こちらにも考えはある。

見てろよ。

いまにその化けの皮を剥いでやる。


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