52 死の階
四層に降りてくるとどこかで水のせせらぐ音が聞こえた。
浅瀬の洞窟に似た匂いを思い出す。
僕は貴族の出だが、この人たちに給金を払っているわけではない。
冒険者が貴族に逢うとペコペコするのは知っていた。
悪口を言われることもないが、裸の付き合いがない分、心を見せてはくれない。
雇い主と雇われの、どこまで行っても上流と下流という、ただそんな関係だ。
レイナルーズのギルドで登録を済ませるとき、ルディを遠ざけた本当の理由がそこにあった。
自分の街の中で、あの扱いをされたら、自身を鍛えられなくなる。
やさしくて稼げてしまう依頼ばかり紹介されたり、護衛付きでダンジョンへ行くことになったはず。
いまのような遺跡になど、とてもありつけなくなる。
そんな過保護が嫌で、ギルド員の口封じをするために受付嬢の好みの採取依頼をわざわざ引き受けたんだ。
浅瀬の洞窟で魔物から採取した「きれいな貝殻」は結局その後、切羽詰まってアプデしちゃったから、もう持ち合わせがない。
この遺跡を無事に出れたら、アスバルドの街へいく。
そこでは一般冒険者として静かに冒険依頼をこなしたい。
このPTとは、ここだけの付き合い。
だけど……。
「……ラルクちゃん、どうしたの? やけに静かね」
素性を知られたアビリオンがやたらと気にかけてくれる。
ここまでは僕にも生きたいがために必死の思いがあった。
だから必死に、彼らに打ち解けようと背伸びをして話を合わせてきた。
出会いがしらの僕なんて、本当に仲間のはずがない。
高ランクの彼らが目を見張るのは、この無限スキルだけだ。
「きっと……何かの大物が出た時の盾にされて」
そのすきに皆が逃げ出すときが来るんだ。
それが悪役令息の悲しき宿命なのだ。
僕の目は、前を見ている様でまったく見ていない。
この視神経は彼らの一挙手一投足に全力を注いでいる。
「え、なんか言った?」
「なんでもないよ。アビちゃん、この四層はどんな魔物がでるの?」
「それをあたしの口から君に聞かせるのは、意地悪に聞こえちゃうかもねぇ」
はあ?
なにその意味深なセリフは。
アビリオンの言葉を聞いた皆がクスクスと笑った。
気分の良いものではなかった。
すぐ隣を歩くファルをちらと見た。
僕は相変わらずファルの手をぎゅっと握って歩いていた。
兄と慕い、甘えるごとくに。
この手だけは離さない。
そのための自然な駆け引きをしてきたつもりだ。
置いてけぼりにされないための名分、友情の架け橋をかけるための。
ファルも見つめられていることの自覚があるようだ。
目を合わせないが手を強く握り返してくる。
「ラルク、この層はね、おそらくね、君の苦手な毒虫系だな、うん」
「……あぁ……イヤん!」
まさか、そんな死亡遊戯じゃあるまいし。
死の階じゃないか。運悪すぎじゃないか。武者震いが止まらないじゃないか。
その場にへたり込む。
「強くなっても、そうなるのね。苦手な物って。大丈夫よ、守ってあげるから」
「そういうのは、デルタンが一掃してくれる。四層以降になると地下水脈が顔を覗かせるから電撃が一番相性がよくて手っ取り早いからな!」
「電撃なら、ラルクも使えたはずだ。この際、戦ってみたらどうだ?」
ファルがやさしく、害虫駆除はデルタンに任せればいいと言ったのに。
横から、戦えなどと挑発してくるのはユリオルだった。
ああ、そういえば僕はこの人に雇われているんだっけ。
強くなったのに嫌とは言えないか。
戦いに参加させてくれと前の階で自分で頼んでおきながら。
強力な殺虫スプレーを手にしていても、恐怖心に打ち勝った試しはない。
そういうのは全部、マチルダの仕事だったし。
すこし躊躇っていると、ユリオルが意地悪そうにいう。
「ラルクはこのまま、貴族のお坊ちゃまのままで居るのか? ひとりで生きて行く覚悟もないままなのか?」
「……なっ、なんだと!?」
つい、生意気な口調が漏れてしまった。
弱虫と笑われた気がして。
ユリオルだけは他の者とは違い、僕をずっと呼び捨てにする。
その理由は知っている。彼も貴族の出なのだ。
護衛部隊。それは王様の護衛部隊のこと。
庶民の出では、その大事の任務を授かることは絶対にできない。
その護衛部隊もいまや王命で魔王復活の阻止に駆り出されている。
まさか出くわすなどと思っていなかったが。
僕の中にある「悪役」という負の感情が自分を卑屈の闇に引きずり込む。
ユリオルはまるでそれすらも見抜くようだ。
ラルク、弱者からの脱却なら今しかないぞ。
挑発ではなく、同じ貴族としての応援かもしれない。
「すみません、ユリオルさん。僕、やってみます」
「克服する気になったんだね、応援するよ。オイラたち」
「応援だけでいい。防御結界は覚えただろ? ファルのちからも不要なはずだ」
「は、はい。わかっています」
克服とはそういうものだということ。
そして早速そのときが来た。
「おあつらえ向きに、むこうにキラービーが飛んでいる。行け、ラルク!」
ユリオルの家はスパルタ教育か。
僕に行けとはっぱをかけると、ファルとの繋がりを切断する。
手を強く引きよせ、でか蜂の集団にぶん投げるように突き出してくれた。
「おわっ! こ、怖ぇえよっ!!」
もう後戻りできない。
逃げ出すこともできない。
強引にエンカウントさせられた。
これまでは巨体だったので一度に数匹だったが。
「何匹いるんだよ、コレ!」
目の前は、秋空に大量発生するイナゴのような光景が。
大群だ。
虫系はたしか、刺激するとフェロモンをまき散らし、仲間を呼び倒すらしいのだ。
「とにかく、裁きのいかづちだっ!」
水場を利用することで稲妻で半円のドーム状の蚊帳を作る。
ハエや蚊などは光に集まる習性から電撃が良く効く。
蜂はどうだ。
デルタンが討伐経験から大丈夫と言ってくれたが。
直視すると身震いして、攻撃が外れそうで怖い。
狙いを外すと怒った蜂が反撃してきて大変危険でもある。
解毒もできるが、あのグロテスクな姿が超絶苦手だ。
「どうした、どうした! 躱されているじゃないか!」
「ラルクさま……目をつむってないか? ちゃんと前を視なきゃだめだよ」
「ラルク! 本気で克服したいなら、間接攻撃の魔法スキルじゃなく、
グーで殴れっ! さっき覚えたメガトンパンチを見せてみろ!!」
「ひえっ、ユリオルの旦那、き、厳しすぎるぅ! ラルクちゃんが泣いちゃうわよ」
「それでも、あいつは男だ。ここで一人前にしてやるのが優しさってもんだろ!」
「百騎長──っ! ラルクどのが泣いちゃっておりますぞ」
「う、ウソだろ?」
「もう、あたしがアシストに入ってくるわ! 旦那、止めないでよ?
あたしに気軽に触れたらセクハラで訴えるわよ」
うん?
皆の居た位置が遠すぎる。
たぶん声援を送ってくれているのだと思うけど。
そうだよな。
攻撃は目を瞑って当てられるほど甘くはない。
反撃を受けてしまった。
解毒はできているし、高い防御力で外傷もまったくない。
敵を怒らせた分、総攻撃を開始してきた。
電撃も隙間ができて、知能ある魔物だから合間を縫ってやって来る。
それが辛い。
きっと皆をヤキモキさせているんだな。
「あ、あれ?」
え、なんで?
アビリオンがこっちに向かって突進してくるようだが。
戦士だからテンション上がって、近くで応援してくれるのかな。
だが、聞こえてきたのは、
「ラルクちゃん、泣かないでいいのよ! あたしが守ってあげるから、ね!」
え、だれが泣いてるって。
でか蜂から身を守ろうと条件反射で、顔を手で覆っただけですけど。
「こ、このままだと……」
守ってあげたお礼にディープキスをされてしまう。
そっちの猛毒は解毒できないぞ。
こうなりゃ、やけくそだ!
アビリオンの突進のおかげで僕はもう恐怖心を振り払った。
向かってくる、でかクソ蜂めがけて素手のパンチを繰り出していた。
電撃も引っ込める必要はなく。
すり抜けてきた奴を片っ端から殴りつけた。
『750万ダメージスキル』
凄い技なのだが、この手で触れる必要がある。
いや、僕はまた閃いた。
「殴る必要なんてない技だ。手先に限定などされてない、だから全身で受けたときに与えてやればいいのだ!」
僕は仁王立ちのスタイルに変更した。
いつか、クズの僕の為にルディが身体を張って見せてくれた。
あの、仁王立ちだ。
アビリオンに守られてたまりますか。
突進してくるアビリオンに背を向けた。
邪魔されてなるものか、との思いで勇気を振り絞っていた。
「うおおおおお──っ!!!」
頑張った甲斐があってエンカウントした数十匹は全滅させた。
もちろん、ダメージが強烈すぎて破壊の限りを尽くした。
何もドロップしない。完全消滅となった。
ソロで魔軍を倒すことができた。
「ら、ラルクちゃんが……あたしを命がけで庇ってくれた……」
もう、グロい虫など怖くない。
僕の背後でアビリオンが言葉を失くしているのが伝わって来た。
「この層の敵は全部頂くぞ。うおりゃ──っ!」
ソロでレベリングが超楽しくなってきた。




