38 お坊ちゃま
色々なことが立て続けに起きたが、まだ正午に達していない。
馬車隊は僕を降ろしたことで馬番以外はだれも乗車していないので、ここにテントを張り、陣営を置く様だ。休憩所と寝床となる準備の組み立てが進んで行く。彼らが遺跡へ進むための準備はもうできているみたいだ。
「皆の準備が出来次第、出発だ」僕のために掛けられた言葉だろう。ユリオルは頼もしい存在だ。
この調査に参加した人たちは、ここで夜も明かすつもりなんだな。
遺跡の調査はどのくらいの日程を組んでいるのだろう。
僕は、遠慮なく尋ねる。
「あの……調査期間って、もしかしたらここで一夜を明かしたりしますか?」
「まあ野営地を見てもらえば、お察しのとおりだね」
僕の問いに答えるのは大半、ユリオルだ。
お察しの通り、か。
自慢じゃないけど外泊の経験がほとんどない。
まして、野宿に近い野営地とか蚊に食われそうで気乗りがしない。森に入ってから蚊よりも厄介そうな、ブヨやアブに似た毒虫を目にして、喰われるたびにルディに解毒をしてもらったが。僕は解毒魔法を覚えてないし、ヒールは切り傷や打撲による損傷には有効だが、毒性による痒みやしびれには効果が今一つだから、気が重たくなってくる。
ユリオルが僕の質問の先にある不安を打ち消すように、
「どうしたのだ? 浮かない顔をして」
「それが……ですね。
虫刺されが気になっています。解毒はルディがいたので僕は準備をしてませんでした。それにこんなに遠出をする予定がそもそもありませんでしたから」
心配をして声を掛けてくれたユリオルに抱えている不安を打ち明けた。
皆、装備品に不備がないか、ポーション類は万全か。各々がチェックをしながら、戦士タイプは手にバンテージ布をくるくると巻きながら「よし!」と気合をみせる。
僕のそれを聞いていただろう冒険者PTの男たちがこちらに目を向け、口々に言う。
「なんだ、そんなことか。虫が苦手なのか? どこのお坊ちゃまだよ」
「お、虫さされぐらいでそんな暗い顔されちゃ、先が思いやられるぜ。ヒヒヒ」
「お坊ちゃまか? ホントはお嬢ちゃんじゃねえのか? 一緒に風呂も入りたくないなんて言わねえよなァ? 順番待ちは御免だぜ。タオルで前を隠すタイプはここにもいるけどな。おい、デルタン。お仲間の登場みたいだぞ」
「うるせぇ、アビリオン! その自慢の雑木林を神聖なる電撃でチリチリにしてやろうか?」
冒険者4人の会話が下品な方向にいくのは僕のせいじゃないよな。
嫌だな、こういう馴れ合いってやつが。
入浴の話題を持ち出したのは戦士のアビリオン。貶されたデルタンが魔法使い。
アビリオンは自己顕示欲が強いんだろうか。
自分を上に置くことで、自分の価値を保とうとするタイプ。僕、アビリオン苦手かも。それより電撃でチリチリって何のことだかわからないけど、神聖魔法を無駄遣いしないでください。
男の友達付き合いって長くなるとこうなってくるものなのかな。苦手なタイプばかりだ。友達とかやっぱりいらないかも。深く関わるのはやめておこう。
そう思って地面に視線を落としたら、鑑定士のシオンの声がした。
「まあ、あんなことに巻き込まれたあとで街を離れることになったんだから仕方ないな。あんまり、からかってやるなよ。ラルク、虫刺され程度の解毒剤なら解毒ポーションを一口飲めば大事にいたらないし、テントには魔除けも虫よけもあるから」
「あ、はい、ありがとうございます!」
「お嬢ちゃんとは酷い言い草だよな。いちいち気にしちゃ駄目だぞ。そしてあんな大人になっても駄目だぞ。回復のことなら、うちのファルに聞けばいいさ」
シオンはそういってヒーラーを見た。
ヒーラーがしゅたっと手を挙げて「よろしくねー!」と軽いノリで愛想を振りまくように微笑んでくれた。ヒーラーの名はファル。
「うちの……って?」
「そう。ファルは私の弟なんだよ。ラルクは17だっけ。ファルは20。歳も近いから付き合いやすいと思うよ。どうか仲良くしてやってくれ。ファル……彼に解毒ポーションをいくらか分けてやってくれ」
「あいよ! あんな虫はね、一口飲めば効果が一日は持つから。Aランクの特級を1本あげるよ。毒も麻痺もこれで安心。この任務が終わるまではオイラが治癒してあげるから、いつでも遠慮なく言ってくれよな! それがオイラの仕事だからさ」
「と、と、と、特急のポーションを下さるのですか! すんげぇ! ラッキぃ!
ありがたく使わせて頂きます、ファルさま!」
「いや、だからよホントにお坊ちゃまかよ! 豪商のボンボンなら買えんだろ!」
戦士のおっさんがケラケラと嘲笑する。
道具屋にはポイズンリムーバーが置いてなかったから、しゃーないやん。無視無視。
ファルはそういって、解毒ポーションを収納から取り出すと、僕に向けてポポイっと投げてくれた。二人は兄弟か。どちらも、人当たりのいい感じがした。
僕はふと思った。
「弟さんがファルで、お兄さんがシオン……なんだかすごく高貴なお名前ですね」
「うん? まあ、ありふれた名だよ」
「オイラたちは田舎の農家の出身で、オイラなんてどこにでもいそうな薬草バカだよ。兄貴が鑑定士なんて出世街道歩き出したから、お零れでここまで成り上がらせてもらえたんだ。だからお世辞とか気を使わなくていいよ」
や、薬草バカってなに。算バカならしってるけど。その気さくな話し方は僕にとっては薬箱だ。気楽が一番だ。でも──
「お世辞は苦手です。ファルとシオンで「ファルシオン」だから、カッコいいなって思っただけです。お世辞じゃなくて逆にごめんなさいです」
「ファル……シオン……って、なに?」
僕がそう言い終えると二人の兄弟は、キョトンとした。
「えっ、知らないんですか? ファルシオン?」
「おい坊や、なんだねそれは? 異国の言葉か、はたまた未完成の呪文か?」
おっさんたちも口々に知らないという。
ユリオルと目を合わせてみるが首を傾げて知らなさそうだ。
「この辺りにはいないのか。背中に翼がある白馬のことですけど」
「えっ、おい! それって……」
あれ、反応した。やっぱり存在してるんじゃないか。
なんで知らないっていうんだよ。
「奴を見たのかっ!?」
「えっ?」
「いや、だから、ユニコーンだよ! 聖獣のユニコーンだ!」
「聖獣に名があるのか? 夢でも見たんじゃねぇか」
「あの、たぶん皆さんの思っているのとは違うと思います。忘れてください」
話がこじれると思い、咄嗟に絵本で見たのだと言い直した。「なんだ、脅かすなよ」となって場は収束した。びっくりした。ユニコーンは聖獣扱いなんだな。この分だと相当珍しいようだ。
僕だって、そうそう迂闊ではない。
この異世界で見ていないものの話などしない。
ファルシオンを見たのは天空。女神と別れる前のことだ。
それはべつの機会でいいとして、ファルにポーションの礼をいう。
そして、当然のことながら。
もらったばかりの解毒ポーションをひとつ手に取り、目の前に掲げる。
「解毒ポーションを無限アップデート!」
『解毒ポーションをアップデートしました。無限消費が可能になった』
「次いで、ポーションスキルを鑑定! 効果は知れてる、整理してくれ」
☆
ポーション類は色分けされ、タイプに分類されました。
【水タイプ】 ヒールポーションHP回復(小) 外傷全般 切傷 打撲 炎症
【草タイプ】 Mポーション 魔力回復(小)
【根タイプ】 解毒ポーション(特) 毒 麻痺
回復系アイテムを3つ以上アップデートしました。
無限消費に「範囲+100%」が追加されました。
範囲の効能 回復対象者が見渡す限りにアプグレしました。
☆
おお、アプグレもあるのか。一定数アプデすると特典がついてくるの素敵過ぎんか。
見渡す限り……強過ぎんか。もう回復系、最強か?
「水、草、根。発動時に口にするのはこれだけだ。便利に整理されたな」
そばにいたユリオルに聞こえたようで、僕に尋ねてきた。
「窮地にいたときも聞こえたが、それは君の魔法の呪文かい?」
「あ、これ。まあ、そんなところです。えっへへ」
苦笑しながら返事を返した。
ユリオルは「そうか」と静かにいった。
いい人だけど、ごめん。固有スキルを易々と他者に漏らすのは危険だと僕にもわかる。強い人や意地悪な人にいいように利用されないとも限らない。せめて暗殺者どもを一掃できるくらい強くなってからだ。
これで皆の準備が整った。
ユリオルが遺跡のある方角を指さした。
遠目に見える木々の隙間に茶褐色の石造りの建物が息を潜める様に佇む。




