37 守りの試練
僕らを乗せた馬車隊が歩みを止めた。
森の中で刺客に襲われた折りの9人が荷馬車の外に降りていく。
きっとそばに例の遺跡があるのだ。
その地点へ到着したのだ。
荷馬車の中では揺られながら休息をとっていた。
遺跡が危険であること以外、詳細は聞けていない。
彼らとは、ここでお別れ。
あとはアスバルドの中心街まで見知らぬ護衛兵とぎこちない旅になる。
そう思っていた。
「ラルク! 君に相談がある。降りて来てくれないか」
その声は外にいるユリオルだった。
相談ごと?
どうして馬車の中でしなかったのだ。
急遽、気が変わったのかな。
呼び止められたので兵は馬を停留させて「どうぞ」といった。
胸に何かしらの期待感がないわけでもない。
僕のつま先は踊り子のように、
軽快な足取りに変わる。
「なんでしょうか?」
「急ぎの調査ゆえ、要点だけいう」
「はい」
急いでいるなら尚更、馬車に揺られていた時に言えばいいのに。
だが9人の表情が少しだけ、強張っているようにも見える。
「ラルクにも遺跡調査のメンバーに加わってもらいたいのだ」
「はい?」
それは、僕にとっては願ってもないことだが。
「僕なんかが同行して、危険はないのでしょうか」
「いや危険な場所だから、ないとはいえない」
「理由を聞いてもいいですか?」
「もちろんだ。理由はヒーラー役が欲しいのだ」
「……え、いらっしゃらないのですか?」
ユリオルも他の者も、首を横に振る。
そうではないようだ。
「俺たちは、森に火の手が上がって駆け付けたとき、真っ先に君を見つけた。
その瞬間に君が装備していた唯一無二の杖に目を奪われた。
俺は、すぐ部下に命じた。君を──調査隊の一員にスカウトするようにと」
「……僕を? 有能かどうかも分からないのに……ですか?」
「そうだ。杖を装備しているなら術士と見るが常。前述のとおり向かう先は危険区域である。ヒーラー役はうちにもいるが、俺たちの経験則からいって、あの遺跡は間違いなく臓物遺跡だ」
「僕のヒーリングは小回復ですよ」
胸の鼓動が高鳴っているくせに消極的に応じる。
回復役を必要としているのは理解できるが。
そこへ冒険の素人を助っ人に選ぶのは無理があるのではないかと
一抹の不安が頭をよぎる。
「回復量は心配ない。理由を説明する。理由は3つだ。
ひとつは、杖のMP自動回復だ。二つ目は君が回復魔法を持つこと。
そして最後に君の慈愛のちからだ」
「慈愛……そんな尊いもの僕がもっているはずないです」
それは謙遜だ。
「人にやさしく」は心がけにある。
そこに半端な気持ちは見せたくない。
隊員がひとり前に出て言葉を添える。
「相手に見返りや評価を求めることなく、目の前の者を大切に思う強い気持ちが君にはあった。我々も君が生死を共にしてくれようとしているのは感じ取った。
だから否定はしないでくれ」
素直に嬉しい。
だが敢えて尋ねる。
「この杖がユリオルさんの物なら、それを盗品だと伝えて持っていけば、あんなに傷つく必要もなかったのに」
「なにか子細があるはずだと思った。それに君が盗んだという確証はない。ならば他人様の所持品を強奪することになる。俺のモノだという証明もできないからな。
それと、
君は魔法工房に杖の作り手がいると知るが、作者がだれかまでは知らなかった」
「……そ、それは。……その」
それは鑑定で知り得た情報だからな。
ユリオルが痛い所にぶっこんできたので、困っていると。
さっきの前に出た隊員が補足するようにいう。
「百騎長は多くの者と交流をされてきたゆえに、いろんな変わり種も存じておられるのだ若者よ、素直に白状しなされ」
「は? なにがですか?」
白状とはどういう意味だ。
やっぱり僕が盗んだと疑っているのだろうか。
罪を問うために連れてきたのか。
これは僕の所業じゃないのに。
「僕じゃありません! これは知らずに武器屋で購入したものです……」
「待て、早合点をするんじゃない。
百騎長は杖の話ではなく、工房の話をされているのだ」
「えっ、工房ですか?」
なんだ、何が言いたいのだ。
ユリオルが陽気な口調で衝撃的な発言を向ける。
「ラルク……君は「鑑定眼」を持っているね?」
「……あッ! あの……それは。どうして……それを?」
なぜ、バレているんだ。
「魔法少女と杖のことで意見がぶつかった折り、師匠なのに譲らなかったこと。
教会の内部にある秘密の施設の存在をその辺の工房として、当たり前のように口にすること。
俺と出会い俺が作者だと知り、事情を聞いたうえで、そこから初めて盗品の疑いを持ったことだ」
「あ、そうか! 鑑定士の知り合いがいらっしゃるんですね」
そうだった。
僕も知っている、この世界に鑑定士がいることは。
鑑定能力は僕だけのスキルじゃない。
こいつはうっかりだ。
「回復にしても、途中から急激に速度が上がったのは皆が知っている。
それには驚いたぞ。杖の魔力回復にはインターバルがあったはずだ。
工房は一般公開されていない秘密の施設。それは不完全な作品なのだ」
秘密の施設にはこちらも驚いた。
「これが、不完全だというのですか?
ハイエロファントの名を冠するのに、どこが不完全なのですか?」
ユリオルは頭を掻きむしり、バツが悪そうな顔をして、
「杖に安値が付いていただろう?」
「ええ……まあ」
「それは試験官が上出来だと、特別に値を付けてくれたものだ。
俺は、奇しくも国家試験には受からなかった」
「お、落ちたんですか? 魔法付与は成功してるのに」
僕は国家資格の厳しさを目の当たりにした思いだ。
インターバルなど些細なことだと考えていた。
「ゆえに工房に作品は残っても、名が刻まれることはないのさ。
及第点を取れなかった者の名が世に広まらぬように「名封じ」の結界が、
その杖には施されているのだ」
「名封じ……。魔封じみたいなものですか」
「ああ、似たようなものだ」
「技巧はあるのに名乗らせてもらえないのは厳しいですね」
「無免許で依頼が来たら、ブラック付与士が蔓延するからな」
「それは確かに、ダメですね」
ユリオルは「笑える話だろ」といい、照れ笑いをする。
僕は「そんなことはないですよ!」と持ち上げた。
だからか。
作者の項目に、一般魔法工房員としか記されていなかった。
作者本人しか知り得ない情報だ。
間違いなくユリオルの杖だ。
名封じを施した術者は教会の屈強な高位の魔導士だろう。
女神のくれた鑑定能力の一枚上をいくとは。
それよりも回復の無限アプデの能力も何かしら勘付いているぞ。
百騎長は百戦錬磨の人か。
前に出た隊員が口を開く。
「ラルク。君も冒険者だ。ヒーラー役の仕事を請け負ってはくれないか?」
「し、仕事の依頼ですか? ぼ、僕でいいの?」
「面白い奴だな。君だから頼むんだ。試練に合格した君だからな」
「試練とは、どういうことでしょう?」
その問いには、ユリオルが答えてくれるようだ。
「すまないが、一目見て君が多くの野盗の的にされていることは把握できていた。
その状況を利用させてもらい、守りの試練を実行に移した。
君がスカウトに値するか否か。
あれだけの数の野盗に詰められても、背を向けたまま治療を片時も休まなかった。
すでに君は己の為すべきことを理解し、諦めなかった。
奴らが君に手を掛けたとき、君は言いかけた。
一人で投降するつもりだったのだろう。
それで無関係な我々だけは救えると。
あんなに震えていた君が、
投降する覚悟が決まったのに俺たちの傷は癒し切っていこうとする。
回復する中で、君は俺たちの強さを測り知ったはずだ。
傷さえ癒えれば自分たちの身は自分たちで守れるからな。
それこそ、まさしくヒーラーの鑑だね」
ユリオルが言い終えると、周囲から拍手喝采が巻き起こった。
「あの程度のゴロツキ集団、
百騎長が斬り捨て許可さえくれたら一掃するのは容易い」
ユリオルが後ろから斬りつけられたことに、憤りを禁じ得ない。
といった気迫のみなぎる物言いだ。
「ここに調査のための冒険者が6人。百騎長と私ともうひとりは
アスバルド領の護衛部隊だ。ひとりは鑑定士、ひとりは回復役。
つまり戦えるのは残り7人」
6人が調査隊で、4人が護衛部隊の人だったか。
伝令で姿を消した、テッポウもおそらく護衛部隊のひとだ。
ユルオルがあの人の特徴を自慢げに語った上に、
名を呼び、指示をだしたのだから部下ということになる。
鑑定士と回復役は冒険者6人のうちの2人。
冒険者の戦闘要員は実質4人で、プラス護衛部隊の加勢がある。
そしてこの中に、
「鑑定士さんが、おられるんですね?」
「ああ。そこの金髪のノッポがそうだよ」
前に出た隊員が背後を指さした。
見ると、確かにその容姿の細身の男性がいる。
眼鏡を掛けていて研究者風の白衣を着ている。
僕と視線を合わせると、こちらに来て挨拶をしてくれた。
「鑑定士のシオンだ。その若さなのにスゴイじゃないか!」
興奮気味な笑顔があった。
じつは僕もだ。鑑定士と話せるなんて。
興味津々で目を輝かせている。
シオンか。
続けてシオンが語る。
「皆、Aランクの冒険者だ。臓物遺跡の担当は本来、Sランクが務めるものだが、
各地にもヤバい量のマナ観測が報告されて、すでに出払っているのだ。
駆り出された我々のPTには護衛部隊が随行してくださることになったんだ」
「ええええっっ!! Aランクだって?!」
どおりで、百の騎士を束ねるような人がいるわけだ。
「君がいっていた冒険者の領土侵害の件も、臓物遺跡の影響なのだ。
皆、財宝に目の色を変えて向かっていく。彼らを遺跡で制限すれば普段の依頼をボイコットする連中も多数現れるし、どのみち人手も足りていないんでな」
し、知らなかった。
冒険者が荒れ狂う明確な原因は、エリート冒険者がこういう美味しい任務を持っていくからだったとは。
「ラルク、君はまだFランクだろうけど、護衛部の依頼なら我々は口出しできないから良い経験にもなる。君の保護はユリオル様たちが責任を持って下さる」
シオンは貴重な機会だから受けるほうがいいと、いうのだ。
これは僕も望んでいたことだ。
「わかりました。お受けします!」
「おお、そうか! よく言ってくれた。遺跡に入ったら速攻でヒールを頼むぞ!」
うん? 速攻でですか。
入室した途端に魔物が襲ってくるのか。
それとも、荒れ狂った冒険者が何かを奪いに襲ってくるのか。
ともかく、駆け出しのFランクが行くところではないのは確かだ。
穏やかなスローライフとは縁遠いな、僕は。




