35 衝動への引き金
ユリオルたちとともにアスバルドへ向かう。
彼らは、すこし先に馬車隊を待機させているといった。
なにかの調査をしに来たといっているが。
僕は時折、未練がましく来た道を振り返る。
彼らの話に集中できないで、どこか上の空だった。
あれほど逃げ出したい場所だったのに。
後ろ髪を引かれてしまう。
穴が開いたような胸に手を当て、口を閉ざす。
僕はユリオルと肩を並べて隊の先頭を歩いている。
彼が気まずい雰囲気を変えようと口を開いた。
「この森に来るまでにも、襲撃を受けていたのかい?」
「えっ……!?」
ユリオルの質問は意味深で、思わず胸の鼓動が高鳴る。
僕の心境を汲み取り、話を手前に戻したのだ。
森に来る前の記憶を呼び覚ます。
僕は静かに首を横に振る。
「見張られていたり、尾行などには気づかなかったのか?」
「……そのような気配はとくになかった」
そして──あの杖を購入したときのルディとのやり取りと
森にはいる前に浅瀬の洞窟で、杖の検証をしていた経緯を告げた。
「彼女がそういうものだから。いかずちの付与とMP回復、
それにライトキュアの効果も試そうということになったんです」
杖の検証で僕の読みが正解だったことは、ユリオルたちも実感している。
「──ということは、今日この森へ君が来ることを想定して奴らが待ち伏せをしていた可能性が高いね」
「待ち伏せ……ですか。あり得なくないけど」
「君はもとより命を狙われている自覚があるようだけど?」
あの時も、ユリオルの指摘で気づかされた。
僕は「その通りです」と肯いた。
ユリオルは意見をした。
僕よりも長身の彼の表情は見えなかったが。
それは陽気な口調ではなかった。
「君の行動が奴らに筒抜けになっていたとしか思えないね」
「実家は豪商で、黒服に動向を見張られていました」
しかし、ユリオルはさらに指摘する。
「動向を見張っているくらいで、あの人数の手練れをここに移動待機させるのは、かなり無理があるお話だね」
無理があるとはいったい?
僕は、恩人のユリオルに険しい表情を向ける。
「僕は後継の座を巡り、身内に疎まれています。
それで雇われの暗殺者が来ただけでしょう──」
僕は怖かった。
自覚することも、だれかに指摘を受けて気づくのも。
でもユリオルはためらいをせず、鋭く的確に斬りこんで来た。
「火炎の魔法少女とは、付き合いが長いのかい?」
「いえ……本日付で僕の魔法指南役に任命されたばかりの娘です」
僕のプライバシーだから。
べつに伏せておくこともできた。
だけど、ここでだんまりを決め込んでも彼はすでに疑っている。
「この森へ来ることは君の要望なのかい?」
「……いいえ、ルディが来ようといいました。インプのレアドロを僕が欲しがっていたからです」
「インプは南の森にもいるよね?」
「浅瀬の洞窟は北寄りにあるんです」
ユリオルは「そうか」といい、
もう少し手前の出来事を思い出して見てくれといって。
「杖の効能を彼女が否定する理由はどのようなものだったんだい?」
さっき説明したのに、また尋ねるのか。
「付与効果は基本、僕が覚えないと発揮されず、タグの記載は偽物だと」
「それで、店から工房に問い合わせたのかい?」
「うん? そんなことしていませんけど」
「それは、妙だね」
違法だといいたいのはわかる。
でも福引の数が減るのを僕が嫌がったせいだ。
仕方ない、福引券の経緯もすこしだけ伝えておく。
「だから僕もいけなかったんです」
「でも彼女はあれだけの魔法使いなのだから。杖の名で先に気づくはずなのだ」
「それは、なんのことですか?」
「ラルクは、ハイエロファント・ロッドの名の由来を知らないのかい?」
ハイエロファントといえば、法王だ。
ここでもそうなのだとすれば、どこかの教祖だろうか。
「詳しくありませんが、教会なんかが関係してますか?」
「うむ。魔力を物に封じる技巧は古来の教会の司祭たちが編み出したものでな」
そうなんだ。
魔法使いなら誰でも周知しているのが当たり前だと、いうのか。
「でも、ルディは子供ですし……」
「ふつうの子でも学園に通う、魔法を目指す者は教会の者がその指導に当たるでな」
つまり、彼女の腕前ならその知識はあって当然のもの。
僕だってルディが主張したことについては否定した。
自分の断言は「鑑定眼」によるものだから。
そんなわけあるか、と。
だから検証をしに来たのだ。
だがルディは魔法付与の装備は賢者や聖女クラスの所持品でとても高額だといった。
僕は、杖の作者のユリオルに尋ねる。
「この杖は賢者や聖女様が所持する高価なものなのですか?」
僕にとっては、そこが一番の不可解だ。
「ラルク……その杖には確かに安値が付けられているが──」
「はい?」
「この世にふたつと同じものはなく、しかも非売品のはずなのだが」
「……えっ」
「モノづくりは自由だが、魔法付与だけは国家の資格がいる。
俺は一流にこだわり、資格を取りたくて試験に臨んだ。あの魔法工房はな、
なにひとつ卸売などしていないわけだ。
皆が試験で競った作品を管理しているだけの教会の特別な施設だからね」
「……それって、もしかして!」
ユリオルは歩を止め、震えだす僕に微笑みかけた。
「君が持っていたおかげで、こうして皆が命拾いをしたんだ。
それは盗品ではなく、俺から君に贈ることにするよ。だから安心してね」
彼は、また陽気な口調に戻った。
「あの武器屋のおやじめ!」
そんなことより。
ルディが僕にデタラメを吹き込んだ。
これが盗品だと知っていたのか。
あんなに言葉を交わした、あのルディが。
よくよく考えたら思い当る節が多々ある。
タグを見せろとせがんだのも「書いてあるだけ」と主張するためだった。
こちらの社会認識の程度を見下すのではなく。
あくまでもルディが無知なのではないかと思わせる。
そんな無邪気っぷりに惑わされた。
僕が衝動的に動くように、引き金となる言葉で誘発していた。
「認めたくない気持ちはわかるが、あの魔法少女は君をここへ誘い込むための手先だったようだね」
「芝居だったのかよ、ルディ。全部……僕を暗殺するための……うっ……くそ!」
「あまり悪く考えないほうがいい。彼女の腕なら君を直接殺せたのに手引きだけだったのには理由があるのかもしれないね」
そういって気落ちする僕の肩を掴む。
ユリオルは優しくウインクをして見せた。
えっ?
「あ、そうか。脅迫されていたのかも。ありがとう、ユリオルさん」
朝食のときからルディの戦いは始まっていたんだ。
食い意地を張り、親父に見つかった。
きっと、それをネタに長兄カミルに利用されたにちがいない。
屋敷で不正を働いた者を雇っていられない、とか何とかで。
だからあのとき、ルディは。
「ふたりとも始末しようとした」ことに怒り、僕を逃がす選択をとった。
ルディは責任を感じ、さぞ、いまでも傷心でいることだろう。
どうか君の無事を祈らせてくれ。
いつか必ず会いにいくよ。




